6歩目

ニャンニャンにゃがにゃがごろニャーゴー


そんな言葉が流れそうな雰囲気を醸している路地裏に出た。通りには幾何学模様の塔がアーチ状に並んでおり、その段差毎に目を光らせた猫が何匹もこちらを覗き込んでいる。


まっすぐ歩いては、左右にぐねる、その一つ一つの一挙手一投足に睨め付ける。正直気味悪く感じる。


すると目の前に、二本足で立った小太りの猫が人間みを感じさせる気持ち悪い笑みを浮かべ、猫目をぎろつかせて笑うではないか。


「ようこそお待ちしております。私、ミレイともうします。以後見知り置き下さい。それではわざわざお聞きしますが何用でしょうか?」


アヤメの迷い猫について、俺の迷い人について、それぞれ聞くことにする。


「迷い人……については分かりかねますが、天使のはねをつけたお嬢様は来られましたよ?えぇ、すっかり元の住居を忘れるぐらいには気に入っていただいております。尋ね人が訪れたら渡してくださいと、お嬢様から仰せつかっております。」


それではこちらを、と聞こえたかと思うと、アヤメの手に、天使のはね飾りを握るように掴んでいた。


自分から起こした行動ではないようで、気がついたら握っていた、というのが正しいようだった。なんで、どうして?というアヤメの表情が手に取るようにわかる。それぐらいの驚きだった。


「ご友人の顔色で冷静になろうと努めていらっしゃるそこの方。何やら人族も悪しき人が攫いに手を染めているよう。素性は人、猫構わずといった所。スカビオサとは無からの出発とは言いますが、花が良く似合う街だからこそ分かることもあるでしょう。夜は蛍に紛れるとよいでしょうね。」


ちょっと何言ってるか分からないので、録音機能で小太り猫の喋りを記録しておく。すぐに掲示板に載せて対応してもらうことにするのだ。


「岸から連れて嬉しいのはアジでしょうか。フライになったものは私も好きでございます。ですがカエルがゲコゲコ鳴くのは品がありませぬ。あの街になら1年中聞こえてくるのでしょうね。この街は降りますが一時的なものです。年がら年中降っている訳ではありませんからね。ヒントはこれぐらいにしましょうか。」


ヒントって言ったあたり、何かしらの行き詰まった救済クエスト的な立ち位置なのだろうか。それを引く辺りアヤメには運があるのかもしれない。


「お帰りは送って差し上げます。ここはあなたがたがかくれんぼする場所ではありませんので、ね?興味本位で立ち寄れないようにもしておきますよ、それでは。」


ミレイと名乗る小太りの猫は杖をカツンと鳴らす。


ニャン ニャンにゃが にゃがごろ ニャーゴ


猫の撫で声が回るように辺りに響き始める。鳴き声が渦をまくように、アヤメと俺を包んでいく。


「ニャー!」


待てと言った声が声ではなくなっていた。その事実に自分の身体が理解を拒んで、次の行動に動きたくなくなる。身体が強ばってしまったのだ。


「いい鳴き声です。次は招待状を拝見いたしますので、忘れなきよう、とお伝えお願い致します。」


何を見越して話すのか、カツンッという子気味のいい音が響く。


ニャンニャン ……にゃがにゃが ……ごろニャーゴ


消え入るように声が聞こえなくなったかと思うと、視界は自然と黒い街に逆戻り。


……なんなのか呆然としつつ録画を切って掲示板スレに載せる。【ニャンニャン】最近の迷い人に関する考察【ごろニャーゴ】でタイトルはいいだろうか。1コメと録画を残してあとは考察ニキアネキに任せる。


「何が何やら全然わかんないけど、とりあえずこれ、飼い主さんに渡して来ようかな?できることこれぐらいしかなさそうだし。」


少しグワングワンとしたアタマを押さえながらアヤメが言う。特段頭に猫耳がついていたりお尻にしっぽが生えてきたりすることはなかった。なんだか少し悔しかった。


その手には天使のはね飾りが握られている。これだけ返してしまったら、これから見つける探し猫の区別はつかないことを暗示してしまっている。わかる人には分かるのかもしれないけれど。あの猫の言い方からしてもう戻らないのだろうか。それは悲しいことだと思った。


「思い出は何を形作るのだろうね?」


自分の気持ちを代弁するかのようにアヤメが言う。


「今が大切だったら過去はどうでも良くなっちゃうのかな?なんだか人の都合で捻じ曲げられてしまっただけなら、このクエストは傲慢なんじゃないかな。何となくそう思う。」


それでも悪い予感もある。猫がクエストを利用していた場合だ。いや、これ以上の考えはよそう。今は飼い主に羽飾りを渡すことを考えよう。


アヤメが言う飼い主に会った。羽飾りを見ると、何かを悟ったように受け取った。もう歳だったという。猫は飼い主に死に際を見せないようにすると言うが、その実態は定かではない。


アヤメが、猫はもう懲り懲りといった表情で犬派になりかけている。フラフラとした酩酊感もあるので、そういう作用のある移動法なのだろう。


たぬきではなく猫に化かされたようだ。


考察スレが勢いづいてきた。色々有力な説があったのだが、蛍に関するというのが6月なので、6月の街が怪しいのではと結論づけた。


6月の街に目的を絞ることにする。


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