支え
第49話
ディヴィットと名付けられた犬は、その時からクリスの傍を離れなかった。
何処に行くにもついて来る。
皆が、あの犬はクリスを母親だと思っているんじゃないか?と思うくらい傍にいる。
そしてその頃からクリスは今まで以上に良く笑うようになった。
人前に出る為に作った笑みではなく、心から楽しんで出る笑みだ。
「最近、クリスは随分明るくなったようだ」
「その犬のおかげかね?」
出会った人に問われて、クリスは笑顔で頷いた。
「私、自分で思っていたよりも犬が好きみたいです」
そう言って、犬を撫でる。
犬は尻尾を振って喜ぶ。
ディヴィットが傍にいるから、ちっとも淋しくない。
ディヴィットが来てから、ぐっすり眠れるようになった。
その事がクリスの気鬱の多くを取り除いたのだ。
だが普通に考えて、犬が部屋にいるだけでぐっすり眠れるはずはない。
実はグレンダやグレナダには秘密だったが、クリスは犬をベッドに上げた。
犬が来た初日からだ。
がらんとした広い部屋もだが、両手足を思い切り広げても端まで届かない程の大きなベッドが、クリスはあまり好きではなかった。
二人で寝ても十分に広いベッドは、余計に“独り”を思い知らされる気がしたのだ。
服を全部脱いで、裸で布団にもぐりこんで。
寂しくて、悲しくて。
そして。
うとうとして朝になる。
そんな夜を送っていたから、クリスは迷わず犬を呼んだ。
寝巻を脱いで、裸になって。
「ディヴィット、おいで。一緒に寝ましょう」
クリスは布団に入って、自分の隣を叩いた。
犬は部屋の隅に作られた寝床に寝そべったままクリスを見る。
「おいでって。一人じゃ寂しいの。お願い、ディヴィット」
クリスはもう一度ベッドを叩いた。
犬はのそりと起き上がり、ゆっくりとベッドに近づいた。
「ほら、ベッドに上がって」
クリスは犬に向かって手を広げた。
犬はその手をじっと見る。
「あ~~どうして上がってくれないの?」
クリスは犬に問いかけた。
犬は黙ったまま部屋の戸を見た。
クリスは考えた。
その間も犬は戸から目を離さない。
そして。
「もしかして、大伯母様達の事?」
クリスの言葉に、犬は戸から目を放しクリスを見た。
それだけで、クリスはそれが正解だったと知った。
クリスは笑顔になった。
「平気よ。大伯母様達はあなたがベッドに上がった事を知るはずないわ。私が話さなければ大丈夫」
それでも犬は動かない。
クリスは考えて、そして口にした。
「もし、あなたが心配するように大伯母様達がこの事を知っても、私があなたに命令したんだって言うわ。だって、その通りなんですもの。だから、ね」
クリスはもう一度ベッドを叩いた。
「お願いよ。一緒に寝て。寒くて眠れないの」
暖炉に火はあっても、クリスが寒いと感じるのは本当だ。
犬はのそり、と動いた。
前脚をベッドの端にかけ、一気に飛び乗る。
クリスは手を広げて犬の首を抱きしめた。
「良かった。あなたがいれば、きっと眠れるわ」
不思議とクリスには、そんな予感があった。
犬はクリスの隣にそろそろとうつ伏せ、自分の前脚に頭を乗せた。
クリスは犬の腹の辺りに頭がぴったりくっつくように横になる。
とくん、とくんと犬の鼓動がクリスに伝わる。
クリスは嬉しくなって、そっと犬の背を撫でた。
柔らかい毛が気持ちいい。
まるで本物のディヴィットと一緒にいるみたい。
ただし。
本物はこんなに毛深くはなかったわ。
クリスはくすくす笑って、それからある事に気付く。
そういえば私は裸を見られたけれど、私はディヴィットの裸を見た事なかった。
宿で寝る時もディヴィットは服を着てた。
裸を見たかった訳ではないけれど、なんだか不公平な気がする。
でも考えてみれば、私みたいに裸になる方がへんてこなのよね。
今だってグレンダ伯母様から与えられている寝巻は椅子が着ているんだもの。
そんな事を考えている間も、ディヴィットの鼓動は規則正しく動いてクリスを眠りに誘う。
やっぱり、ディヴィットみたいだわ。
なんて心地いいのかしら。
「おやすみ、ディヴィット」
それだけ言うと、クリスはすぅっと寝息を立て始めた。
その寝息を聞きながら、犬は目を閉じた。
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