贈り物

第46話


そうこうしながら旅が終わってひと月が過ぎた。


クリスにはそのひと月が長いようにも短いようにも感じられた。

クリスはまだグレンダの元にいた。

グレンダを手伝って家の事をしたり、グレナダとおしゃべりしたり。

時々馬車で買い物や芝居を見にも出かけた。


初めて町に出た時、クリスの視線は窓の外に釘づけになった。

スタッフィードの町は大きくて賑やかで、今まで通って来たどの町や村とも全く違っていた。


何処までも続くかと思う様な石畳の道。

2階どころか3階、4階まである高い石造りの家々。

八百屋や肉屋、パン屋にチーズ店。

花や宝石と見間違うほど美しいお菓子が並ぶ店もある。

宝石店に小間物屋に服屋に帽子屋に………


とにかくもう、様々な店が所狭しと軒を連ね、石造りの町並みに彩りを添えている。

クレアはそれを馬車の小さな窓から眺めては、心が弾む気がした。

春になれば、とグレンダは言った。


「カフェの前にはテーブルが出され、人々が飲み物を飲みながら思い思いの時を過ごすの。あっちの噴水のある公園には芝があって、散歩やピクニックも出来るわ」

「グレンダ伯母様、スタッフィードに畑はないの?森や川は?」


グレンダはくすくす笑った。


「ずっと郊外に行けばあるけれど、この辺にはないわね。恋しい?」


クリスは頭を振った。


「いいえ。それにしてもグレンダ伯母様、今日は祭りでもあるの?」


グレンダは目を丸くした。


「ないわよ。どうして?」

「だって、あまりにも人が多くて……みんなきれいな格好をしているし、店もたくさんあって、とても賑やかだわ」


グレンダはまたくすくす笑って、これがいつものスタッフィードの姿よ、とウィンクした。




グレンダはクリスを連れ出しては、彼女の友人に紹介した。

グレンダはクリスを紹介した後で、決まってこう言った。


「この子は最近悲しい経験をしたの。だから家に来ているのよ」


それを聞いた友人達は一様に同情するような顔をした後で、すぐにクリスの気持ちが上向きになる様な事を口にした。

例えば。


「ナルゴ通りのチョコレート屋にはもう行ったかね?あそこのチョコレートは絶品だよ。グレンダに言って連れて行ってもらいなさい。ぁ、ぃや。儂が店に行ってグレンダの家に届けるよう手配してあげよう」


とか。


「クリス、グレンダと一緒にわたくしの家に遊びにいらっしゃらない事?明後日、吟遊詩人を呼んでおりますの。とても美味しい紅茶もあってよ。美しい音楽は心を洗うわ」


といった風。


彼らは皆、持たぬ者だったが、誰ひとりとして“悲しい経験”が何なのかを詮索しようとしない、気持ちの良い人ばかりだった。

まぁそれは、彼らが若い者が経験する“悲しい事”の内容に察しがつくほど、いろんな経験をしているだけなのだが。


それを知らないクリスは、詮索されない事を喜んだ。

彼らの気遣いが嬉しかった。

だからクリスは強張った笑顔を作り、彼らと話すようになった。

そしてそのうち。

おばあさん2人との生活は楽しくて穏やかで、このまま家に戻りたくないなぁ、とクリスは考えるようになっていた。


もちろん家族には会いたい。

でも、もうあの村では暮らしたくない。

呪いは解けても、周りの目がすぐに変わるとは思えない。

いつまでも同情の目で見られるよりは、クリスの過去を知らない人達に囲まれて過ごした方がどれだけ気が楽か知れない。

もともと魔法を使わないように生きてきたのだし、この際、持たぬ者としてグレンダのように暮らすのも悪くない。


そんな折、グレナダがクリスに犬をプレゼントした。

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