第45話


それからしばらく。


クリスとグレナダは時に触れ、折りに触れ、泣いた。

特にグレナダは酷かった。

泣き過ぎて、一時は抜け殻のようになってしまったのだから。

グレンダはそんな二人に何を言うでもなく、何をするでもなく、ただ、世話をし続けた。


「好きなだけここにいたら良いわ。家に帰ったら何かと聞かれるだろうし、今はまだ聞かれたくないだろうし。ベンジャミンにも家に来るなと言ってあるから、心配無用よ」


訪れて一週間ほどして、グレンダはそう言った。

クリスはグレンダの好意に甘えた。

家に帰ってリンダと母の好奇心から来る質問にまだ上手く答えられそうにない。

リンダが怒るだろう事も目に見えている。


“あれだけ私が色々話してたのが全部ムダって、どういう事?”


腰に手を当て、目を吊り上げているリンダの姿が浮かんで、少し笑った。

そして笑えた事に、自分で驚いた。

相変わらず胸の奥はずくずくと痛む。

それでも泣かずに過ごせる時が増えた。

グレンダはクリスの為にお針子を呼び、ドレスを新しく6着も仕立てた。


「今までの分までクリスはおしゃれして人生を楽しまなくちゃ。その為にドレスは何枚あっても足りない程よ」


多すぎる、というクリスの言葉にグレンダはそう言って、ウィンクした。

グレンダはクリスが思っていたよりもうんっとお金持ちのようだった。

大きな家に広い庭。

それだけでも一財産だろうに、どうやらグレンダは土地も持っているらしく、そこからの収益が大きいらしい。


「主人が買った土地に金鉱山があってね。何にもしなくてもお金が入るのよ」


だからグレンダは一日中、家事をしたり、通いの庭師と一緒に庭の手入れをして時間を過ごしている。

メイドや料理人がいないのは、グレナダと二人で出来るからだし、何より自分達が魔法使いである事を知られない為でもあった。

更には家に籠る事の多いグレナダと違い、芝居を見に行ったり、教会の慈善事業に出向いてもいる。

グレンダは金貨を稼ぐ為ではなく、使う為に生きているような人だった。

だからクリスの為にもうんっと金貨を使おうと考えていた。

その一方で、人が幸せになるには何が必要か?という事もわきまえているグレンダは、クリスにこう言った。


「クリスもそのうち外に連れて行きます。あなたは色んな人に会った方が良い。まだ若いんだもの。家に籠っている事はないわ」


あっという間におばあさんになってしまうんだから、とグレンダはウィンクした。

クリスはグレンダのウィンクが大好きになった。

彼女のウィンクは、何故かほっとさせてくれた。

心配しなくていい、私に任せて、と言ってくれているように感じた。






胸の痛みはいつもクリスと共にあった。

グレナダはいつかその痛みに慣れる時が来る、と教えてくれた。


「あたしの場合は2、3年だったかねぇ。そのくらいから慣れて痛い事を忘れてしまうようになって………でもやっぱり思い出すんだよ。人を好きになりそうな時にね。そうするともうおっかなくて。だからあたしはあたしを振った人の事をずっと想って独りでいた訳じゃないのさ。あの時の痛みをもう一度味合わなければならないかもしれないって、そういう臆病心が独りを選ばせた。今から考えたら、勿体ない事をしたって、そう思うよ」

「勿体ない??」


どういう意味か分からずクリスは問い返した。

グレナダは自嘲するように笑って、それから答えた。


「この年になるとねぇ、クリス。昔の事を良く思い出す。そしてね、もしあの時怖気づいていなかったら、もっと楽しかっただろうって、そう思う時がある。もっと幸せだったかもしれないってね。後悔ばかりとは言わないけれど、でもやっぱり、そう思う事はあるのさね」


グレナダはクリスの手を握った。


「ねぇ、クリス。もしあんたがこの先誰かを好きになりそうな時が来て、そして胸の痛みに挫けそうになったら思い出しておくれ。この恋の終わりが決まってる訳じゃないってね」

「でもグレナダ伯母様、失恋するかもしれないわ」


グレナダはクリスの答えを聞いて笑った。


「ほら、あたしが言ったばかりじゃないか。誰かを好きになる前から怖気づいてどうするんだい?まぁ、確かに失恋するかもしれない。でもね、クリス。その次の恋は成功するかも、だよ」


グレナダはそう言ってウィンクした。

グレンダと同じウィンク。

クリスはそれに気付いて、自然と笑った。


「そう!その笑顔だよ。幸せを呼び寄せる、素敵な笑顔だ」


グレナダは満足そうに頷いた。

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