第44話
グレンダは俯いたままのクリスの隣に座って、その手を取る。
「ねぇ、クリス。言いかけて止めるのは止めて。今までだってたくさんの事を我慢してきたでしょう。もう旅は終わったの。我慢しなくて良い事まで我慢しないで」
クリスはグレンダを見た。
「大伯母様………もしかして………もしかしたら………」
クリスの目に涙が浮かんだ。
グレンダは優しく微笑む。
クリスは言葉を続けた。
「初めからこの姿で会っていたら……ディヴィットは私を好きになったかしら?」
グレンダはクリスの手を優しく叩いた。
「さぁ………私には分からないわ、クリス」
グレンダは言った。
クリスの目から涙が零れる。
「でもね、クリス。人は姿かたちにだけ心動かされる訳ではないの。もしディヴィットがあなたを好きになったとしたら……それは旅の間に知ったクリスの事を好きになったのだと思うわ」
クリスの口が歪む。
グレンダはそんなクリスを抱きしめた。
クリスは箍が外れた様に泣き声をあげ始めた。
「……好きだったの……ぃ…今も好きなの………」
クリスは泣きながら、自分の気持ちを打ち開けた。
それからクリスは堰を切ったように話し始めた。
ディヴィットとの出会い。
ディヴィットとの旅。
ディヴィットとの別れ。
順番は全く無視で。
思い付くままに、思い出すままに。
まるで口が意志を持っているかのように。
こんな事があった、こんな事をした、とクレアは泣きながら話した。
ひとしきり話して。
ひとしきり泣いて。
グレンダはクリスを抱きしめ背中を撫でながら、その全てを聞いた。
「…………ごめんね、クリス」
グレンダはクリスの話が終わった頃を見計らって、謝った。
「あたしはあんたに幸せになって欲しかったんだよ。あたしの様に辛い思いをさせたくなかった………でもそれが逆になってしまった………ごめんよ」
クリスはそっと体を離した。
グレンダは泣いていた。
「大伯母様………どうして泣いているの?」
グレンダは涙を拭いて、口を歪めた。
泣くのを我慢しているようにも、笑おうとしているようにも見えた。
「あたしはグレンダじゃない。グレナダだよ。あんたに祝福という名の“呪い”をかけたグレナダだ。あんたが湯に行ってる間に入れ替わったんだよ」
クリスは息を呑んだ。
驚きのあまり涙も止まった。
「グレンダは今、台所にいるよ。あんたにご馳走を食べさせようって、支度してる。あたしはグレンダにこう言われたんだ。もうすぐクリスが湯あみから戻る。戻ったら私のふりをして相手してあげて、と。だからグレンダのふりをしてた。でも、もう限界だよ。あたしはあんたに何て酷い事をしちまったんだろうねぇ………ごめんよ、クリス。悪気はなかった。でも、ごめん」
グレナダは俯いて、でも気力を振り絞ったかのようにもう一度頭を上げた。
「さっき、あんたが裸でドレスを持って入ってきた時の顔を見て分かったよ。ドレスが着たかったんだねぇ。男のふりは嫌だったねぇ。旅は苦しかったねぇ。あたしがあんな魔法をかけなかったら、グレンダだってあんたに魔法をかけなかった。あの子の方がうんっと素敵な祝福を与えただろうに………あたしが余計な事をしたばっかりに、あんたは旅に出て、男を好きになったのに諦めなくちゃならなかった。辛い目に遭わせて、本当にごめんよ」
クリスは頭を振った。
「いいえ、グレナダ伯母様。大伯母様の気持ち、分かります。こんなに辛い経験はしない方がうんっと良かった。心が張り裂けそうに痛くて、でも、その痛みからは逃れられなくて……あのまま家にずっといれば良かったって、そう思うもの」
グレナダが頷いた。
昔、自分が味わった痛みを思い出しているのだろう。
「でもね、大伯母様。それでもディヴィットを好きになって良かったって思うの。あんなに幸せな気分になれた時はなかった。一緒にいる事が楽しくて、嬉しくて。何をしてても幸せだって、そう思った。それはきっと、“恋”をしなければ知る事のなかった時だわ」
「あぁ、そうだよ、クリス。あんたの言う通りだ………」
グレナダは声を上げて泣き始めた。
そうだった、幸せだった、と泣きじゃくる。
クリスはグレナダの背中を撫でながら、自分も涙を流した。
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