スタッフィード
第43話
魔法を使って移動したクリスが行った先は、グレンダの家の居間。
グレンダは大して驚きもせず、突然目の前に現れた木の葉まみれのクリスを抱きしめた。
「あらまぁ、いらっしゃい、クリス。大変だったわね」
グレンダはそれだけ言うと、クリスの為に湯を用意した。
「さぁ、ゆっくり入って疲れを取っていらっしゃい」
クリスは言われるままに服を脱ぎ、湯を使った。
何も考えずに湯船に浸かり、ぼぉっと天井を見た。
ふと視線を下ろすと、胸の辺りが赤くなっている。
あぁ、転んで打った痕だ。
クリスはそこに手を置いた。
心臓がどくどくと脈打っている。
打った痕じゃなくて、私が押さえていた痕かも。
クリスはその事に思い当たって、手をどけた。
まだ痛い。
心臓がどくどくと脈打つ度に、体から血が流れ出しているような気がする。
湯が赤く染まらないのが不思議なくらいだ。
クリスは血の海に浸かっている自分を想像しそうになって、その気持ち悪さに目を背けた。
と、浴室の床に木の葉が落ちているのを見る。
これを掃除しなくっちゃ………
これをグレンダ伯母様に掃除させたら、どんなに不躾だと思われるだろう?
パパやママが恥をかいてしまう。
クリスは湯船から上がると、一旦体を拭いて着替えようと浴室を出た。
出た所にさっきまで来ていた服は見当たらない。
代りに、タオルの下に服がある。
これを………着るようにって事?
クリスは体を拭くと、何気にそれを広げた。
ドレスだった。
クリスは息を呑んだ。
とても美しいドレスだった。
レースと飾りボタンが胸元を飾り、腰には広いリボンが付いている。
ふわっと膨らんだパフスリーブにスカート。
もちろん肌着も女性用。
クリスはそれらを手に持って、裸のまま居間に走った。
「大伯母様!これ!!」
「まぁまぁ、若い娘が裸でなんですか。それとも近頃ではそういうのが流行りなの?」
グレンダは服を抱えたままのクリスを見て小言を言った。
だが、その目は笑っている。
クリスはグレンダの小言に気付かない程興奮して、手に持ったドレスを差し出した。
「これ、私のなの?」
「えぇもちろんよ。私が着るには少々若向けだし、サイズが合わないでしょう。それはベンジャミンがあなたにって用意したものなの」
「パパが?」
「そうよ。分かったら早く着てみせて。でなければ風邪引いてしまうわ」
クリスは頷いて、肌着に、そしてドレスに袖を通した。
どちらもクリスにぴったりだった。
ドレスの緑がクリスの白い肌に良く映える。
グレンダは杖を振って、クリスの前に姿見を出した。
クリスは鏡に映った姿を見て、自然と笑みが零れた。
「これが私………信じられないわ」
リンダのドレスを借りていた時とは何かが違う。
自分にぴったりの、自分のドレスを着ているからだけではなく、もっと何かが決定的に違っている。
クリスはそれを考え、そして気付いた。
後ろめたくないんだわ!
もうこっそりと人のドレスを着る事はない。
もう男のふりをする事はない。
堂々と胸を張って女だ、と言って良いんだ、と。
旅に出て本当に良かった、とクリスは思った。
これだけでも収穫だわ。
クリスは背中も見ようと体をよじった。
あっちからも、こっちからも自分の姿を確かめる。
「きれいよ、クリス。ベンジャミンの見立てもなかなかねぇ」
グレンダは目を細めてクリスを眺めた。
「大伯母様、私、きれいなの?」
「えぇ。私の若い頃にそっくり、と言いたいところだけれど、それ以上にきれいで素敵よ」
「だったら………」
クリスは言いかけて口を閉じた。
一瞬で表情が暗くなる。
「だったら、なぁに?」
グレンダは先を促す。
だがクリスは小さく頭を振って、それからソファに座った。
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