友達
第35話
二人は噂から逃げる様に足を進めた。
その間、ディヴィットは驚くほど口数が少なかった。
クリスは必死にディヴィットについて行きながら、そんなディヴィットを見て涙が出そうだった。
急ぐから黙っているのだ、とクリスは思いたかったが、まだ怒っているようにも、何かを考えているようにも見えた。
きっと嫌われたんだ、とクリスは思った。
私のバカさ加減に呆れたんだ。
それでも一緒に旅を続けてくれているのは、私を恩人だと思っているから。
でも、こんな仕打ちをされる位なら、一緒にいない方が良い。
黙って休みもなしに歩いて、黙って食事して、黙って眠って。
何でもいいから話して欲しい。
少しで良いから笑って欲しい。
だって、もう心が潰れそうなんだもの。
それでもクリスはその事をディヴィットに言えずに歩いた。
そんな事を言ってもっと嫌われたら、息が止まるだろう、と思ったから。
ディヴィットはそんなクリスの様子に気付かなかった。
クリスが限界だ、と思ったのは、魔女狩りを行う領主のいる土地を出てから。
草原で怒鳴られてから3日が経っていた。
その日は宿に泊った。
食事を済ませ、交代で湯を使い、部屋に戻る。
ディヴィットは壁を向いたまま部屋に入った。
クリスは何も言わないので、もう寝たのだろう、と思った。
ランプの灯りも消えている。
暖炉の火を頼りに、後ろ向きでそろそろとベッドに向かう。
と。
「まだ寝てないし、服も着てるわ」
クリスの声がした。
「なんだよ、そうならそうと言ってくれ」
道化者のように見えた事だろう。
ディヴィットはさっきまでの自分の姿を想像して苦笑を浮かべた。
もしかしたらそんな様子を見て、クリスは面白がっていたのかもしれない。
ディヴィットはクリスの笑顔を期待しながら振り返って、眉根を寄せた。
クリスは自分のベッドにきちんと座っていた。
背筋を伸ばし、思い詰めたような表情をしている。
そしてすぐ手元にはクリスの荷物とマントがあった。
「どうした?」
ディヴィットは首を傾げた。
「まるで今から宿を出るような雰囲気だな」
「そうしようと思って」
「はぁ?正気か?まだベッドを使ってもないうちから宿を出る?金の無駄使いってもんだぞ」
「出るのは私だけだから。ディヴィットはゆっくり休んで、明日旅立てばいいわ」
クリスはそう言って立ちあがった。
「今までありがとう。私に恩とか感じる必要はないから。だからあなたはあなたのペースで先を急げばいいわ」
クリスは荷物を持って歩き出した。
「ちょ、どういう事だ?俺が急かしたからか?しんどかったらそう言えば良いじゃないか」
ディヴィットはクリスの前に立った。
この3日、折りに触れディヴィットはクリスに聞いていた。
早すぎないか?と。
でもその度に、大丈夫だ、と言っていたのはクリスだ。
少し辛そうに見えたが、それでも先を急ぐ事の方がディヴィットには重要に思えた。
だから休む間も惜しみ、追い立てられているかのようにここまで来たのだ。
クリスは頭を振った。
「言える様な状態ではなかったわ。あなたは私を怒っていた。呆れていた。ぃえ、今もでしょうね。当然よ。私はそうされるだけの事をしようとした。でもね」
クリスは鼻の奥がつんとするのを感じた。
ダメよ、クリス!
クリスは自分を叱咤する。
でも口は止まらない。
感情的にならないように、という理性も隅に押しやられ気味だ。
大きな声にならないようにするのが精一杯。
「でも私は無視するような事をされてまで、あなたと旅を続ける事は出来ないわ。この3日間、全然楽しくなかった。あなたの顔色を伺って、あなたに遅れまいと足を動かし、あなたの邪魔にならないように行動した。でも、もう無理」
「クリス………」
「私は目の前にいるのよ。なのにあなたは黙って何かを考えてる。何を考えてるって、それはもうリタの事なんでしょうけど、でもだったら、私を置いて行ってよ。そうすればすぐにリタと会えるわ」
「クリス、違うんだ」
ディヴィットはクリスの肩に手を置いた。
クリスはその手を叩いた。
「触らないで。もうあなたには頼らないから。今なら一人で寝る事だって出来るわ。この3日間、あまり眠れなかったんですもの。あなたの腕の中でもね」
ディヴィットは目を見開いた。
クリスはそれを見て、更に悲しくなった。
涙が一つ、零れた。
「やっぱり気付いてなかったのね。私、寝たふりしていたの。心が潰れそうで眠れなかったのよ。今までのあなたなら気付いてくれていた。でも私は嫌われてしまったから、友達ではなくなったから、だからもういいの」
クリスの胸に痛みが走る。
どうして痛むのかは分からない。
だが、その痛みが涙を零させる。
クリスは急いで手で涙を拭いた。
それでも痛みはあるし、涙は出る。
泣き続ければ話す事は出来なくなる。
クリスは涙で喉が詰まってしまわぬうちに早口で話してしまおう、と思った。
それまでは涙を押さえなければ。
「本当はあなたがいない間に行こうとしたの。でも、それだと心配させちゃうかもしれないから。それにお礼も言いたくて。だから帰って来るのを待ってたの」
クリスは1歩踏み出した。
「クリス、違うんだ。話しを聞いてくれ」
ディヴィットはクリスを通せんぼするように手を広げた。
そしてクリスが何か言う前に急いで話す。
「俺が悪かった。謝るから、機嫌を直してくれ」
「ぁ………あなたが謝る必要は…ないわ。私が……それだけの事をしただけなんだから」
クリスは声を絞り出した。
もうあまり時間がない。
このままでは本格的に泣き出してしまう。
クリスは涙を拭いて、ディヴィットの横をすり抜けようとした。
だが、ディヴィットは同じように動いて通せんぼする。
「違うって。俺が急いでいたのは、あの土地を離れたかったからだ。あんたも言っただろう?うんっと遠くに行こうって。黙ってたのは周りの様子を知る為だ。またあんたに頼んなきゃならない様な事にならないようにな」
ディヴィットは自分の行動の動機を話す。
「悪かった。そんなに追い詰めてるなんて思ってもなかった。あんたが辛そうなのは気付いてた。寝てないとは思っていなかったけど、でも、頑張って俺について来ようとしてたのは知ってる。ムリさせてるなって思ってた。でも、どうしてもあそこにいちゃいけない気がしてた。だから………」
ディヴィットは口を閉じた。
クリスが自分の腕を掴んだから。
「も……ぃい……もぃいから………」
クリスはぽろぽろ涙を零しながらそう言った。
「わ……わかった…から……ごめっ………ごめんなさっ……」
クリスは自分の間違いに気付いた。
ディヴィットはクリスの事を気遣ってくれていた。
それが分かった途端、止めようとしていた涙が次々とあふれ出した。
「ごめ………ぁたしっ……ごめ……」
勝手にディヴィットに嫌われたと思っていた。
もう友達じゃないんだ、と思っていた。
それが重石となり、クリスの心を押し潰していた。
ディヴィットの話はクリスの心にあった重石を粉々に砕き、きれいさっぱり掃除してくれた。
クリスは謝りながら泣き続けた。
ディヴィットはクリスを抱きしめた。
「もういい、クリス。謝るな。俺の方が謝んなくちゃなんないのに。もっとちゃんと話せば良かったな。ごめんな」
クリスはディヴィットの腕の中で頭を振る。
違う、と言いたかった。
私が悪いんだ、と。
ディヴィットは悪くない。
悪いのは私だ、と言いたかった。
「俺、なんとなく、クリスは分かってるもんだと思ってた。だからムリしてるんだとばかり………」
その通りだ。
クリスは思った。
ディヴィットは魔女狩りに近づくな、と言った。
だったら、そこから離れる為に急いでいるんだと分かりそうなものじゃないか。
良く良く考えれば……ぃや、考えずとも分かった事じゃないか。
どうして分からなかったんだろう?
いつもの私じゃ考えられない………
ディヴィットは泣き止ませるように、クリスの背中をゆっくり撫でた。
「ごめんな………俺、友達失格だな……」
“友達”
ディヴィットの言葉にクリスは息が止まりそうな程衝撃を受けた。
心臓が破裂しそうな程の勢いで動き始めた。
耳の傍でどくどくと脈打つ音がする。
それはディヴィットの鼓動ではなくて、自分の鼓動。
クリスはそろそろと顔をあげた。
「ん?………落ち付いたか?」
ディヴィットは笑みを浮かべてクリスを見た。
優しい目だった。
クリスはどくどくいう心臓を押さえつけながら、口を開いた。
「で………ディヴィット……」
「ん?なんだ?」
「私達……友達…なのよね?」
ディヴィットは少し辛そうな顔になった。
そして。
「クリスがまだそう望んでくれるなら」
そう言って、口角を引き上げた。
クリスは震える唇を懸命に動かし、答えた。
「……友達でいて」
そう言った時、クリスの心臓が一段と跳ねた。
耳がきぃんと鳴り、目の前がうす暗くなった。
だから。
ディヴィットの返事は聞こえなかった。
その笑顔もはっきりとは見えなかった。
ただ。
もう一度抱きしめられた事だけは分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます