第34話


村が見えなくなってから。

ディヴィットは街道を離れ、草原に向かって歩き出した。


「ディヴィット?何処に………」

「ついて来いっ!」


怒鳴られて、クリスは首を竦めた。

だが、ディヴィットはずんずん歩く。

クリスは仕方なく歩いた。

街道からも随分離れた所で、ディヴィットは足を止めた。

ぐるりと周りを見る。

そして。

クリスの両肩を、がしっと掴んだ。


「何を考えてるんだ?!」


ディヴィットは視線を合わせる様に、少し腰を落とし、クリスを真正面から見た。


「何って?」


クリスは質問の意味が分からず、ディヴィットを見る。


「何を考えているんだと聞いてるんだ。魔女狩りに行きたいってのは、どういう事だ?」

「そのぼろを着た女の人を助けたいって思って………」


ディヴィットの剣幕に驚きながらも、クリスは答えた。

ディヴィットの手に力が入った。


「その女ならとっくに森を出てるさ。もう3日も経ってるんだぞ。そもそも何でそんな事をする必要がある?」

「だって、その人、私がした事で魔女に間違われているのよ。助けなくちゃ」

「どうやって助けるつもりだ?魔法か?魔法を使うのか?」

「それは分からないけれど、でも必要なら……」

「あんた、バカか?人が大勢いるんだぞ?もしバレたらそれで自分が魔女狩りに遭うって考えないのか?」


ディヴィットの手にまた力が入った。

クリスが話す度に声は大きく、早口になり、興奮する程怒っている事が分かる。

だがクリスには、ディヴィットがそんなに怒る理由が分からない。

何故ってバレない自信があるから。


人々は“ぼろを着た魔女”を探している。

男の恰好をした私には誰も注目するはずがない。

しかも森の中で捜索する。

隙を見て物陰から杖を振る事は出来るだろう、とクリスは思っていた。

クリスは痛みに顔を歪ませた。


「その事は考えたわよ。ディヴィット、肩が痛いわ」

「うるさいっ!今までの苦労はなんだって言うんだ?魔法を使わないようにしていたのは何故だ?俺の前から消えようとしたのは?」

「それは………」

「魔女狩りに遭わないようにする為だろう?だったら疑われるような事はするな。見られる可能性がほんの少しでもあるなら止めろ。頼むから」


ディヴィットの怒りは、最後には懇願に変わった。


「頼むから、魔女狩りなんてものに近づかないでくれ。あんたが魔女狩りに遭って誰が喜ぶと言うんだ?親父さんの事を考えろよ。それに俺の事も」


クリスは目を見開いた。

そうだった。

万が一、私が魔法使いだとバレたら、ディヴィットも疑われる。

ほんの半日前に自分が言った事を忘れていたなんて。


「そりゃ、あんたが言うように、その間違われた女は可哀想だと思う。でもな、見知らぬ誰かよりも俺にはあんたの方が大事なんだ。むしろ、その女が捕まればいいとさえ思う。その間に俺達が先に進めるからだ」

「もう良いわ、分かったから。それ以上言わなくていいの、ディヴィット」


クリスは肩の上に置かれた手に、自分の右手をそっと重ねた。


「ごめんなさい。私が浅はかだった。あなたにまで迷惑がかかる所だったわ。ごめんなさい」

「謝って欲しいんじゃない。そうじゃなくて……」

「いいえ、そうなのよ。だって、私の事が知られれば、あなたまで魔法使いだと思われてしまう。そうなったら家に戻れなくなるわ」


ディヴィットはクリスの言葉に、はっと我に返ったような顔をした。

そして辛そうな顔をする。

クリスにはそれが、リタに会えなくなったらどうしよう、とディヴィットが煩悶しているように見えた。

胸がずきずきと脈打つ。

それでもクリスは精一杯の笑顔を作って、ディヴィットの手をぽんぽんと軽く叩いた。


「先を急ぎましょう。明日になる前にうんっと遠くに行っておきたいわ。そうすれば、魔女狩りの様子も知らずに済むから」


ディヴィットは手の力を緩めると、力なくその手を下ろした。

クリスはディヴィットの手があった所をそっと撫でた。

かなり強く掴まれた所為でまだ鈍い痛みはあるが、それはクリスに与えられた戒めでもあった。


「その……済まなかった………痛かっただろ?」

「ううん、平気。問題ないわ」


クリスは笑って、それからディヴィットを見上げた。

ディヴィットはすごく疲れているように見えた。

私を怒ったからだわ。


「さぁ、行きましょう。もう二度とあんなバカな事は言わないわ」


クリスは努めて明るい声を出した。


「あぁ、そうしてくれ」


ディヴィットは顔を歪ませてから、街道に向かって足を動かし始めた。

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