第22話


「一番はリタだ」

「は?」


ディヴィットはクリスの反応が予想通りだった事に気を良くしたのか、嬉しそうな顔になった。


「リタが一番になったんだ。信じられないだろ?」


クリスは頷いた。

そして浮かんだ疑問を口にする。


「彼女は泳ぎが得意だったの?」

「まぁ、苦手ではなかったけれど、俺達の方が早かったさ」

「だったら何で?」

「一番の決め方にからくりがあるんだ。それを考えたのはリタだ」

「からくり………」


クリスは頭を捻った。

リタが一番になったと言うのなら、彼女も泳いだのだろう。

自分よりも早い人と泳いでも一番になる方法………

クリスには“魔法”以外に思い付かない。

ディヴィットは悩んでいるクリスを見て、口元を緩めた。


「リタはこう言ったんだ。“先ずは2人ずつで対戦して”ってな。んで、次は別の奴と対戦する。それを繰り返して、最後に勝った数の多い奴がリタと競争するって訳だ」

「………つまりは総当たり戦?」

「そういう事だ。最初は良かったさ。でもな、やってるうちにこりゃ堪らんな、って思い始めた」


ディヴィットの言葉にクリスは大きく同意した。

だって疲れは溜まっていくもの。

最初は他人の対戦中に休憩する事で、回復していただろう。

だが、重なった疲労は多少休んだ所でなくなるものではない。

体力に自信がある人でも、何度も全力で泳ぐのはきついだろう、と思う。

体力のない人は脱落して行くだろうし。

それで対戦回数は減るけれど、それでも体力が回復する事はないのだ。


「それでも俺は頑張ったぜ」

「で?どうなったの?」

「リタと対戦する所まではこぎつけた。で、負けたんだ」


ディヴィットは、そう残念そうでもなく話した。


「何だかあまり悔しがってないみたい。彼女のキスが欲しかったんでしょう?」

「あぁ。でもま、他の奴にリタがキスする所を見なくても済んだ。それに、その事が彼女の気持ちを動かしたんだ」

「え?」


どうして?

クリスは頭を捻った。

ディヴィットの目が悪戯そうに輝いた。


「俺はワザとリタに負けたんだって言ったんだ。俺はリタのキスが欲しかったんじゃなくて、他の奴らと真剣勝負したかっただけだったってな」

「つまり……ディヴィットにとっては、男の子達との勝負が大事だったって、そう言ったのね?そんな事で彼女の気持ちが動く?」

「あぁ。リタは自分がアイドルだって事を知ってた。男どもは自分の虜だって、ほんのちょっと得意になってたんだ。だから俺はそうじゃないぞって教えたんだ。俺はリタなんかに興味はないってな」


その時クリスの頭にリンダの言葉が蘇ってきた。


『追われ慣れてると、いざ追われなくなった時に焦ってしまって、自分から追い出すの。そうなったらもう虜よ』


あれは、アンディの時だった。

アンディはリンダと同じ年で、女の子に人気があった

リンダは彼に振り向いてもらおうとして、わざと冷たくした、と言った。

そうしたら、アンディはリンダの事を好きになってしまったのだ。

あれと同じだわ。


「リタはディヴィットが気になってしょうがなくなったのね?」

「あぁそうだ。その頃俺は親父と一緒に鍛冶屋をやっててな。仕事場までリタは来るようになった。鍛冶屋は火を使うだろ。彼女に怪我させたら大事(おおごと)だから仕事中は来るなって言うんだ。これがまた効果的だった。出来上がった剣を振りまわして出来具合を確かめる時も、リタは俺を遠くから見てた。俺は彼女に格好いい所を見せる為により剣の腕を磨いた」


クリスはぷっと吹き出した。


「笑い事じゃないぜ。モテたいってのは、何かが上達するのに必要な動機だろ?」


ディヴィットが両手を広げた。

クリスは笑顔で頷く。


「かも知れないわね。それを彼女が勝手に勘違いしてくれたら、それはもう、儲けものだったでしょうし」


何故かとても愉快な気分だった。

それは多分………リタが騙されたって知ったからだわ。

ディヴィットの策にはまったのが痛快なんだ。


「だろ?まぁ、そんなこんなで、俺はリタから告白され、俺達は付き合い始めたんだ」


ディヴィットは遠くを見る目になった。

リタを思い出しているんだろう。


「………そうなの」


浮かれた気持ちが一気にしぼんだ。

私って、なんてバカなんだろう?

クリスは笑顔を消さないよう努力しながら、自分のバカさ加減に呆れた。

リタが策にはまったって事は、ディヴィットと恋に落ちたって事じゃない。

あ~あ。

全然楽しくなくなっちゃった。

………ん?

どうして楽しくなくなったの?


クリスは自問する。

さっきまで楽しかった理由は?

分かっている事は、自分はリタの事が嫌いなようだ、という事だけ。

何だかもやもやとした気持ちだけが心の内にある。

彼女を嫌いな理由が分かれば、すっきりするんだろうに。

それでもこの気分を晴らす方法をクリスは編み出していた。


「っくしゅっ!」


クリスはくしゃみをした。

もちろん“ふり”だ。


「ん?クリス寒いのか?」


ディヴィットの意識がクリスに向かう。


「そうでもないけど。空気が冷たくなってきたからかな?」

「ムリすんなよ。風邪でも引いたら大事だ」


ディヴィットはクリスの肩を抱いた。

クリスはリタに勝ったような気がして、気分が良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る