友達
第21話
旅が長じるにつれて、ディヴィットは道連れには最適の人間だとクリスは思うようになった。
昼間は色々な話しで旅の疲れを紛らせてくれるし、夜はその温かい腕の中でぐっすりと休める。
クリスが狩ったウサギや鳥をクリスより上手に料理してくれる。
クリスは一人では得られなかったであろう快適な旅を手に入れていた。
ただ喜んでばかりもいられない。
彼がクリスにとっての“運命の人”である事は疑いようもない。
“運命の人”はクリスに“恋心”を取り戻させる。
クリスはこの先、自分が“恋”に落ちる事が怖かった。
一体どんな人を好きになるのか?
どんな恋をするのか?
その恋は実るのか?
答えの全ては霧の向こうにあって、クリスには見えない。
その事がクリスを不安にさせる。
「なぁ、この話はまだしてなかったよな?」
ディヴィットがそう言って昔話を始めるのは、大抵クリスが不安に思っている時だった。
「ん?どんな話?」
「俺が溺れるピーターを助けた話」
クリスは頭を振った。
「いいえ。マークとヘビを使って綱引きした話なら聞いたけど」
「じゃ、話してやる。これは俺の最初の武勇伝だからな。今まで話してない方がおかしかった」
ディヴィットは歩きながら身振り手振りを交え、湖で足をつらせ溺れたピーターをいかにして助けたのかを話し始めた。
クリスはそれを聞いて、ワクワクしたりドキドキしたり、ほっとしたりする。
ディヴィットが好んで話すのは、友達とのエピソード。
おかげでクリスは会った事もないのに、ディヴィットの友達と友達になったような気がしていた。
彼らの名はマークとトッドとピーター。
特にピーターは、クリスの弟と同じ名前だったので、親近感が湧いた。
その事をディヴィットに話したら驚いて、それから、ピーターって結構何処にでもある名前だもんな、と笑った。
戦友にも同じ名前の奴がいた、と。
その時は少し悲しそうな目になった。
その後、戦友の話には繋がらなかった。
恐らく話したくないような出来事があったんだろう、とクリスは考えている。
ディヴィットは戦場の事をほとんど話さなかった。
きっと悲しく辛い体験をしたんだ。
人が傷付け合う場所だもの。
クリスは悲しそうなディヴィットを慰める方法を思い付かなくて、悔しかった。
私ばかりが助けてもらっている、と思う。
私だって力になってあげたい。
それが“友達”なのだろうに。
だけどクリスはもどかしい思いを抱えたまま、黙っている事しか出来なかった。
「………で、まぁ、ピーターは助かった。クリスは泳げる?」
「いいえ。泳げる女の子がこの世にいるの?」
クリスはディヴィットの質問に驚いた。
泳ぐには服を脱がなければならない。
男の子は裸で良いだろうが、女の子はそうはいかない。
だから女の子はドレスを着たまま川に足を浸け、水を掛け合う事はあっても、泳ぐ事はない。
男のふりをしていたクリスも泳ぐ事はなかった。
だが、ディヴィットは大きく頷いた。
「俺の村では皆泳げるぞ。言ってなかったか?クロニングは大きな湖の傍にあるんだ。だから子どもの頃から湖で泳ぐ」
「女の子も?」
「あぁ、女も男も、老いも若きも、だ」
「みんな、その………裸で?」
ディヴィットはニヤッと笑った。
「そこが気になるのか?」
「だって、ドレスのままじゃ泳げないでしょう?」
クリスはむきになって言った。
「私の村では泳ぐのは男の子だけ。彼らは裸で泳いでいたわ。でもある程度大きくなったら女の子と同じで、泳ぎはしなかった。服を着たまま泳ぐのは危険だからって」
だからと言って裸になるのはもっとタブーだった。
「なるほどな………俺達はみんな、泳ぐ時、水着を着るんだ。男は短いズボン。女は男と同じ短いズボンと、上に袖なしのシャツを着る。夏の暑い日に湖で泳ぐのは、そりゃもう最高だ」
「へぇ………確かに気持ち良さそうだわ」
湖の冷たい水に全身を浸すなんて、暑さも吹き飛びそうだ。
クリスは暑い日にズボンを膝までまくり、川に入った時の事を思い浮かべた。
きっとアレよりもうんっと気持ちいいに違いない。
「気持ちいいさ。みんなで泳ぎの競争をしたり、潜り比べをしたり。夏の間は湖に行かない日はなかったな」
そこでディヴィットの目がキラキラ輝いた。
クリスは嫌な予感がした。
「あれもみんなで泳いでいる時だった。誰かが言いだしたんだ。一番速く泳げた人はリタのキスを貰えるって」
やっぱりリタの話だわ。
クリスは頬の筋肉が引きつりそうになるのが分かった。
クリスはリタの話がどうしても好きになれなかった。
ディヴィットは必ず目をキラキラさせて彼女を褒める。
自分はそれが気にくわないのだと、最近では分かるようになった。
でも。
だったらどうして気にくわないのか?まではまだ分からない。
顔も見た事ない人なのに。
ディヴィットがあまりにも嬉しそうに話すから?
ピーター達の時とはほんの少し違う話し方が嫌なのだろうか?
分からない。
ただ、絶対に顔を顰めてはいけない事は分かっている。
そうするとディヴィットが顔を曇らせるから。
笑顔で聞かなくちゃダメよ、クリス。
クリスは自分に言い聞かせる。
「多分、俺が16かそこらだったと思う。リタは……14くらいか。だが、18くらいに思えるほど彼女は飛びぬけてた。大人びてて、きれいで。みんなのアイドルだ。そのキスがかかってるんだ。みんな死に物狂いで泳いだね」
ディヴィットは泳ぐように手を掻いて見せた。
「………それで?ディヴィットが一番?」
「いいや」
ディヴィットは肩を竦めた。
クリスは、ほっとした。
そして、ほっとした事を不思議に思う。
ディヴィットが一番じゃないと聞いて、どうして安心したのか分からない。
何でだろう?
クリスは考えを巡らせようとした。
だがディヴィットの次の言葉に驚いて、考えようとした事を忘れた。
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