一夜明けて
第14話
翌朝。
クリスは呆然とした。
ベッドに縛り付けたはずのディヴィットが部屋にいなかったから。
起きて一番にロープを解いてあげようと思っていたのに。
彼の足や手を拘束していたはずのロープは床に落ちている。
「………んで?何処行ったの?」
クリスは呟いて、それから急いで自分の荷物があるか確かめた。
「財布………あった……」
クリスは中身を確かめる。
銅貨の一枚もなくなってはいない。
「どういう事?」
クリスは財布に硬貨を戻し、改めて部屋を見回した。
すると、マント掛にマントが2つ掛かっていた。
クリスのマントと、もう一つはディヴィットのものだ。
暖炉の横には彼の荷物もある。
剣はない。
クリスはその荷物に近づいた。
手を伸ばすか迷っていたら、急に部屋の戸が開いた。
「お?起きたか」
ディヴィットが、おはよう、と言いながら部屋に入ってきた。
「ん?俺の荷物がどうかしたか?さては俺の金を盗む気だな?」
というディヴィットの目は笑っていた。
冗談だと気付いたが、起きぬけのクリスに、えぇそうです、と返す余裕はない。
「誰があなたの物を盗むというのですか?あなた、一体どこに行っていたんです?どうやって自由になれたと?」
クリスは顔を真っ赤にしてディヴィットに詰め寄った。
ディヴィットは、まぁまぁ、とクリスを宥める。
「落ち付けって。ションベンに行きたくてな。起こしたら悪いと思ったし」
「それで?どうやって自由になったのですか?」
ディヴィットは、ぽりぽりと頬を掻いた。
そして、ニヤッと笑うと屈んで、ブーツに触れる。
「いざって時の為に、いつもここん所に小さいナイフを入れてる。それで腕のロープを切った」
ディヴィットはそのナイフをクリスに見せた。
手のひらにすっぽり入る程の小さなナイフ。
クリスはそれを見て、顔を歪めた。
ディヴィットは体を折り曲げ、足を手の所まで持ってきて、それでナイフを手に入れたのだろう。
後ろ手で縛っていたら取り出せなかったろうに。
「脱臼すれば良かったんだ………」
クリスはそう呟いてベッドに戻り、座った。
ディヴィットはその前に立つ。
「酷い事言うなよ。でも、これで分かっただろ?」
「何がですか?」
「俺が信用に足る男だという事が」
「信用?」
クリスは目を吊り上げた。
「あなたの何処を信用できる、と言うのです?」
ディヴィットは肩を竦ませた。
そして。
「あんたから何も盗らなかったぜ、クリストファー。ぃや、本当の名は別にあるのか?」
「は?なにを言っているんです?」
クリスの声に更に棘が含まれる。
だが、それを気にせず、ディヴィットはクリスを指した。
「あんたのそんな恰好を見ても、俺は自制した。今も自制している」
「………格好?」
クリスは自分を見下ろした。
さぁっと血の気が引く音が聞こえた。
急いで胸元を押さえる。
「ぁっ、あのっ………」
どうしよう。
こんな時、どうしたらいいの?
クリスの混乱に頓着する事なく、ディヴィットは話す。
「ぃやぁ、驚いたぜ。寝苦しかったんだろうなぁ。夜中にもぞもぞしてるから不思議に思って見たら、あんた、自分で脱いでた。俺が見た時はズボンはもうなくて、起き上がってシャツを脱いで布を外してる途中だった。しかも寝たまま。俺、驚いて声をかけたけど、完全に無視されたからな」
ディヴィットの言うように、クリスはズボンをはいてなかった。
胸を押さえつけている布もなく、着ているのはシャツが1枚だけ。
それもボタンは2個しか留まっていない。
シャツが大きめなので、立っても腿の辺りまでは隠れるが、ボタンが留まっていなかったので前ははだけていただろう。
それを思うと、今度は顔が熱を持った。
とにかくもう隠れたい。
クリスは布団をかき集め、それに包まった。
もう遅いと分かっていても、そうせずにはいられない。
そんな様子をディヴィットは横目で見ながら、経緯を話し続ける。
「で、まぁ、全部外して、んで、気持ち良さそうに寝ちまった。俺はあんたが風邪引かないようにと、シャツを着せて、布団をかけてやったんだ。一昨日野宿した時は気が張って良く眠れなかったんだろうな。動かしても起きない程に眠ってた」
優しいだろ?とディヴィットはしゃがみ込み、クリスの顔を覗き込んだ。
クリスは顔を真っ赤にしたまま、ほとんど涙目でディヴィットを睨んだ。
「紳士だと思わないか?」
「………見た?」
クリスはやっとの事でそう言った。
「見えた。全部。全て」
ディヴィットは応えた。
クリスは口をひん曲げた。
もうダメだ。
全部見られた。
女だとバレた。
クリスは布団を頭からかぶり、涙を隠した。
もう嫌だ。
家に帰りたい。
でも。
帰れるのだろうか?
この男が私を売らないと決まった訳じゃない。
どうしよう?
杖を使ってもいい?
クリスは泣きながら、考えを巡らせようとした。
が、布団越しにディヴィットの声が聞こえた。
「いつも裸で寝てんだろ? 服を着て寝るのは辛かったな。しかも、胸を締め付けるような布まで巻いて。ごめんな。俺が同室じゃなかったら、あんた、悲しまなくて済んだのに」
クリスは泣くのを止めた。
今、謝罪の言葉が聞こえた気がした。
「悪かった。でも、こう考えてはもらえないか?俺で良かったって。どういう理由だか知らないが、あんたは男のふりしてまで旅をしなくちゃならないんだろ?だったら、俺があんたを守ってやる」
クリスはそろそろと顔を出した。
ディヴィットの顔がすぐ傍にある。
「私を……売らないの?」
ディヴィットは、ふっと笑った。
優しい笑顔だった。
「売るもんか。俺は金に困ってねぇんだ。そう言っただろ?俺があんたに手を出す事もない。俺には婚約者がいるんだから。だから安心して、俺と旅を続けようぜ」
クリスは頷いた。
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