出会い

第5話


旅は順調だった。


最初の3日は。


ぃや、クリス本人は最悪だ、と思っていたのだが。


何故なら。


村から一番近い村まで半日歩き、着いてすぐに宿に入り、その後2日間動けなかったから。

もちろん動きたくなかった訳ではない。

ホームシックに罹った訳ではなかったし、足に肉刺まめが出来た訳でも、病に倒れた訳でもない。

大雨で動こうにも動けなかったのだ。


村を出る時から空模様は怪しかった。

それでもあの日に出発するしかなかったので、出た。

村を出てしばらくして雨は降ってきた。

霧雨だった。

雨宿りする程の事もなかったので、クリスはマントに身を包み、先を急いだ。


季節は初秋。


細かい雨はじっとりとマントを濡らし、隙あらばマントの内まで入って来ようとする。

息をするたび体の中に入って来る雨が、体の芯を凍らせる。

だからクリスが宿に入った時は全身ずぶ濡れで、震えながら部屋を取った。

気の毒に思った宿屋の主人が、頼みもしないのに湯あみの用意をしてくれたほどだ。

クリスはありがたくその好意を受け、存分に温まった。


濡れてしまった服は部屋の暖炉の前に吊るし、革袋の中から乾いた服を取り出し着替えた。

夕食も体が温まるように、とシチューを用意してくれた。

クリスは食堂の暖炉の傍に用意されたテーブルに着き、一人シチューを食べた。

宿には他にも何人かの客がいたが、みんな男ばかりで、しかもほとんどが一人旅のようだった。

主人がテーブルの間を回り、何かと話し掛けては彼らの間を取り持っていた。


クリスの所にも主人は来たがクリスは一言二言話しただけで、その夜は食事を終えると早々に部屋に戻った。

なるべく人とは関わり合いにならない方が良い、と思っていたからだ。

父や母は積極的に他人と話せ、と言った。

その方が“運命の人”に出会う機会が増えるから。


だが。


クリスは“運命の人”と出会う気はない。

クリスにとってこの旅は、家族の後悔の芽を摘む為の旅。

“恋心”を取り戻す為ではない。

目的地であるグレンダの家に行って、そこからは魔法で家に帰る。

片道だけの我慢だ、ほんのふた月の辛抱だ、と自分に言い聞かせて家を出た。


片道だけ歩けば、後は魔法を使える。

持たぬ者のふりをする必要もなく、ましてや男装をする事もない。

家族の傍で穏やかな一生を送る事が出来る。

ドレスを着て、お化粧もしてみたい。

それがクリスの望み。


だからむしろ、誰とも知り合わずに旅をしたいとさえ思っていた。

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