第4話
いってきます、と軽い気持ちでクリスは家を出た。
両親とまだ小さいピーターが家の前で見送ってくれた。
二人の妹達はそれぞれに忙しいらしかった。
寂しいような気もしたが、これが“恋”の魔力なのだ、と考えれば、不思議ではなかった。
相手に夢中で、他の事は何も気にならなくなるらしいから。
リンダは私がいない事にしばらく気付かないかもしれないわね。
そうと思うと、自然に笑みが零れた。
クリスと違って、リンダは恋多き乙女、だった。
自分で言っているのだから間違いない。
今はボブと仲良しだけれど、ほんの2月前まではペックだったし、その前はダニエルだった。
他にも名前を挙げたらきりがないだろう。
そのみんなと付き合った訳ではないけれど、とリンダは言っていた。
「ある日突然、その人が光り輝いて見えるようになるのよ。そして自分の目がその人を追ってるの。それに気付いたらもうダメ。それまで好きだった人とか、付き合ってた人が急にどうでもよくなっちゃうの」
それが“恋”よ、とリンダは教えてくれた。
リンダはクリスに“恋”とはこういうものだ、という事を色々と教えた。
クリスの件で反省した両親は、リンダやメリッサ、ピーターの名付け親には近所に住む親しい友人を選んで頼んだ。
彼らは喜んで名付け親になってくれた。
その誰もがグレンダやグレナダのように強い力を持つ魔法使いではなかったが、両親と同じように素朴で善良な魔法使いだった。
苦労しながら魔法の勉強の他にも色々と勉強させられているクリスを見て、リンダは自分が最初に生まれてこなくて良かった、としみじみ思っていた。
あそこで剣を振りまわしているのが私じゃなくて良かった。
狩りで得たウサギを自分で捌いて料理するなんてぞっとする。
男の恰好で一日を過ごすなんて想像もしたくない。
何より魔法を使えないなんて、不幸の極み。
でも、もしかしたら私だったのかも?
私とクリスの順番が逆じゃなくたって、例えばグレナダ伯母さんが1年遅れて戻って来ていたら………
だって私達は1つ違うだけだもの。
それが巡り合わせだ、と人は言うけれど、リンダはクリスに申し訳ないような気持ちを持っていたし、自分の不幸を前もって取り除いてくれた、と感謝してもいた。
そう思う分、リンダは自分の“恋”を大いに話した。
クリスの分まで私が“恋”しなくては、と思っていたし、クリスが“恋”に落ちた時どうなるのか知っていた方がいい、と思ったから。
リンダの話はそのどれもが母親から教わっていた事だけれど、クリスは母親から聞く以上に面白おかしく聞いた。
なにしろリンダはその身をもって、その態度がどう変わるのかを教えてくれるのだから。
そして最近。
その下の妹、メリッサも身だしなみに気をつけ始めた。
確かに、あれは仲良しになりたい子が出来た証拠だわ。
クリスはリンダの5年前を思い出していた。
ちょうど今のメリッサと同じ年頃だったわね。
リンダが10歳の頃、髪型を毎日変えて欲しいとねだってはママを困らせていたっけ。
クリスはそれを思い出すだけで、家に戻りたい気分になった。
それでも。
道行く村人に、気をつけて、と声をかけられながら、クリスは村はずれを目指し歩いた。
村人は皆、クリスの呪いの事を知っている。
彼らは一様に、クリスに向かって可哀想な子だ、と言った。
“悪名高きグレナダに呪われた子”
今ここで戻ったら、村の人達の同情目線は一生変わらないだろう。
パパとママと大伯母様の後悔の種もなくならない。
とにかく村を出よう。
歩き続けよう。
“運命の人”とやらにめぐり逢う為でなく。
私の家族を安心させる為に。
クリスは村を出るまで一度も振りかえらなかった。
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