第3景 飛んだ男
「ねえ社長ー」
ある日、新入りが問うた。
「
随分と唐突な話だ。だがまあ、実際有り得るリスクだから、折角だから説明することにした。
「そりゃ居るよ。うちは異世界移住
「旅行と移住斡旋だと、移住斡旋の方が高いんでしょう?」
「基本的には、まあそうだな」
「じゃあ、旅行中に逃げちゃうお客様とか居るんじゃないんですか? そっちの方が安いんなら」
こっちを
「んー……まあ聞かない話じゃねえけどな……。基本、そういうのって旅行会社にとっては事故なんだよ。『お客様が行方不明になりました』ってことだからな。そういうことのねえように、要所要所で気をつけるのが仕事、ってこった」
「まあ……なんだ。お前が入社するより2~3年ばかり前のことだ」
沈黙と視線に絶えられなくなって、話の本題を始めた。
※ ※ ※
異世界旅行という業界自体が新しいモンだから、経験ウン十年なんてヤツは居ないんだが、その年新しく
今にして思えば、その頃からとっくに無理してたんだな。気付いてやれなかったのは自分の
後から分かった話なんだが、ソイツは最初、
次にソイツは、合成飲料の自作にハマった。これだって成分弁えてる分には「コーヒー」「茶」をディスペンサーから出して飲んでるのと何ら変わりゃしねえんだ。逆に言えばディスペンサーから出すのと違って弁えない成分だって当然入れられるし、ソイツは次第にそっち方面――
で、金が無くなると、会社の金でも摘まんでしまう訳よ。AIの目を盗んで帳簿プログラムのパラメータをちょいと弄って、要は横領だよ。まあ自分がそれに気付いたのは全部終わった後でさ、自分は兎も角AIまでが騙されるくらいだから、やっぱソイツは優秀ではあったんだよ。優秀さの使いどころがダメだっただけでさ。
で、何食わぬ顔して出勤してきて。
「今日は――さんが体調悪くて休むとさっき連絡を受けました。替わりの整備士として航界機に乗せて下さい」
と来たもんだ。何も知らねえ自分としては、元々乗務するはずだった整備士が居ないとなれば、乗せねえ理由は無えよ。
乗せて行ったら――ソイツ、自分らがお客様を目的の観光地に御案内している
そりゃもう、真面目で優秀な新入社員だと思ってたからさあ、慌てたよ。航界機のどっかに挟まったんじゃねえか、とか、
最終的に、帳簿の辻褄の合わないところが見つかったのをきっかけに、全部バレて、ソイツがわざとトンズラしたのもバレたわけだが。
※ ※ ※
「ところで、なんで移住斡旋業者に正面から頼むより旅行会社の団体旅行からトンズラする方が安く済むか、分かるか?」
「うーん……世界間移住ナンチャラ法とかの規制があるからじゃないですか? 基金を積んでどうめかとか」
新入りは新入りなりに考えはしたし、別にそれも間違いではねえんだが。
「30点」
「低っ!?」
「確かにそういう規制はあるんだが、何のための基金なんだ、って話よ。異世界に移住しようとなれば、その世界の法に従わねえといけねえし、その世界の食い物や風土や病気に慣れねえといけねえし、何よりその世界の言葉を話せる必要も出てくる。そういう諸々のサポートをして、現地に順応できるようにするところまで、ちゃんとした斡旋業者は世話をする。だから幾らでも金が掛かる――基金が要るんだ。逆に言えば、ソレ無しで逃げたヤツの末路は普通どうなるか、って話よ」
※ ※ ※
ソイツは、横領した金で自分なりの支度はしたのだろう。非常食、現地の貨幣(を模して業界で用意しているコイン)、翻訳AI端末や
ただ、どんなにAIで会話を誤魔化しても、ホログラフで姿を装っても、バッテリーは何時かは尽きる。
その時に、言語を教えてくれる何者かも、サポートしてくれる誰かもおらず、神の奇跡とやらも与えられなかったヤツはどうなるか。
自分らも諦めた訳でもねえ。横領されたと、ヤク決めすぎて世界超えて逃げるしかなかったしょうもねえヤツだと分かっていても、今更見捨てられるモンでもねえ。団体旅行にかこつけて、何度もその世界に行って、ソイツの足跡を探した。
そうして、ある日、その世界の王都の骨董品店で――ボロボロになった、ソイツのメガネを発見したんだ。
※ ※ ※
「で、これがそのメガネ。これがこうボロボロで転がってた以上、多分もうソイツは無事ではいるまい、ということで捜索を打ち切ったわけさ」
「……何で分かったんです? スマートグラスと言ってもこれ、量販型でしょう?」
新入りが問うので。
「そりゃあな。我が社の社員証が彫ってある支給品だったし、持ち帰ってデータ解析したら、タイムスタンプの古いところに幻覚映像が詰めこんであったからさ。熱心にお客様に説明する音声なんかも残ってたし、AIの目を誤魔化そうと工作しているところなんかも映像残ってたし――」
と答えた。
新入りは、泣きそうな目をしながら、ボロボロのメガネを見ていた。
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