第7話 なんだってします、なんでも
「……ダメとは?」
「ダメって言ったらダメです! 俺はシルワ様と結婚するんで! 離れません、絶対に」
理不尽。
ここに来ても求婚をやめないとは。
しかもすごく真面目そうに言う。
「そもそもシルワ様が俺を突き放す理由って何ですか? 俺が人間だからですか? それともディアルトの騎士だからですか?」
「両方だ」
「だったらどっちも解決してます!」
「は?」
アルクトスと私との間にある障壁はまさに言う通りのものだ。
いかに私のために行動してくれたとしても、いつかは別れが来る。
あいにく私は来世を信じていない。
また巡り会えるとは思えない。
だからこそ、今、お互いに違う道へ進めばいい。早ければ早いほど、傷付かずに済む。
どちらも解決しているとはどういう意味か。アルクトスは人間であることは変わらないのに。
「実は俺、今さっき、変なやつらに捕まってたんです。まあ、それも部下っちゃ部下なんですけど……」
「は?」
私はもう、何度目かわからない素っ頓狂な声を出す。
「知ってます? ディアルトの地下牢の奥って、ドラゴンが封印されてるんですよ」
「ドラゴン? ああ、確かに昔そんな話を聞いたな。ドラゴンと共存関係を築いてディアルトが繁栄した……だったか?」
「そうです、それ。でも、今はドラゴンを地下に閉じ込めて、どうしてもって時だけ力を借りるような不平等な関係なんですよ。ってまあ、そこは割愛して。俺、それなりに強いんでドラゴンと話して協力したんです。地下から抜け出す力をもらう代わりに、ドラゴンを解放するって」
「待て。ドラゴンは魔物だろう? 協力するなんて無茶だ」
魔物がいる世の中、ドラゴンがいてもおかしくない。
見たことはなくても、物語としてドラゴンの存在は知っている。
ドラゴンは魔女と同等と言っても過言ではない力を持ち、暴れれば国をも滅ぼすことが出来るほど。だから国としてドラゴンと友好な関係を持っていれば、他国への牽制にもなる。
だが、一般的に魔物の類と人間は相いれない。共存もできない。ドラゴンとも。
そう言われているというのに、アルクトスはどうやって協力したというんだ。
「普通に話せば分かりましたよ。で、まずは抜け出すためにドラゴンの血を飲んで――」
「待て待て待て待て。ドラゴンといえど、魔物の血? そんなことしたら死ぬかもしれないんだぞ。そのくらい分かるだろう!」
魔物の血は人にとって毒。それは一般常識だ。さすがに私でも知っている。
ドラゴンの血を飲んだのなら、死ぬかもしれないとすぐにわかるはずなのに。そこまでアルクトスは馬鹿なのか?
「分かってますよ! でも、俺、シルワ様のためだったら何だってしますよ! シルワ様を守りたいんです! そのためだったら何だってやります! それに!」
「それに、何だというんだ?」
アルクトスはひと呼吸おいてから続ける。
「シルワ様はきっと俺を突き放すと思ってました。人間と魔女じゃ生きる時間が違いすぎる。せいぜい人間だったら半世紀やそこらしか生きられないし、不死って言われる魔女の時は永遠……。シルワ様は優しいから、同じ時を生きる者と共に過ごせって言うだろうって……。だから、そう言えないように。まずはシルワ様と同じ場所に立たないといけないって思ったんです!」
叫ぶように言い切ったアルクトスの左頬、こめかみにかけて鱗があった。
血によるドラゴン化なのかもしれない。
そっとそれに触れてみる。
硬い。
人間にはない鱗だ。
アルクトスは人間の道を踏み外してしまった。
私のせいで。
「……本当に、すまない。お前を人間ではない者のさせてしまって。私ではそれを治す術を知らない……」
ドラゴンと人間の混血なんて聞いたことがない。今後何か悪い作用が起こるかもしれない。何が起こるかわからない。
すべて私のせい。
アルクトスの人生を台無しにしてしまった償いをしなくては。
「あ! またよくないこと考えているでしょ! これは俺の選択です。全部俺の責任だし、全然後悔してないんですよ! だって、ドラゴンと同じで長寿になったかもしれないじゃないですか。ってことは、シルワ様と一緒にいられる時間も長くなる! それにこれだけ強い力があれば、シルワ様だって守れる!」
「アルクトス……」
撫でていた私の手を取り、自ら頬を擦り付けてくる。もっと触って欲しいというような、そんな犬みたいな行動にちょっとだけ私も笑ってしまった。
「笑った! シルワ様がやっと笑ったぞー!」
「あ、ちょっ……」
アルクトスは軽々私を持ち上げてぐるぐると回る。
まるで空を飛ぶような感覚。少しそれは怖い。
目が回るほど回されてやっと地上に降ろしてくれた。
視界が回転し、頭がぼわっとする。三半規管が強いのか、アルクトスは平然としており、ふらつく私を支えてくれる。
「ね、シルワ様! これなら結婚してくれますよね? ね?」
支えながら、アルクトスは跪いた。
私を支えている手とは反対の手で、器用に小さな箱を開けて見せてくる。
「……いや! まだだ。お前がただの人間ではなくなったのは理解した。が、ディアルトの騎士であることは変わりないだろう。国のためには私の力が欲しいのではないか?」
「あ、それについても解決済みです」
「どうやって?」
「俺、ディアルト追放……いや、逃亡者として賞金首になってると思いますよ! 反逆者になったんで」
「え」
一国の騎士が追放?
聞き返せばすぐに説明を付け足してくれる。
「ほら、もともと騙されてとはいえ、地下に閉じ込められて、ドラゴンと協力して城を壊滅状態にしてきたんで。かなりの被害は出ていると思いますよ。その犯人が俺となっちゃあ、何としても捕まえたいですよね、きっと」
「ええ……」
今まで仕えてきた国を壊滅に?
そこまでするだろうか――いや、アルクトスならするか。国よりも先に忠義を持っていた相手が私だったというんだから。死ぬかもしれないことを躊躇なく受け入れて駆けつけてくるほどだ。
ここまで私のことしか頭にない者をみたことがない。両親でさえ、ここまで過保護ではなかった。
これは私の負けだな。
「ほら、もう俺たちの間に問題はないでしょ?」
「……確かに、そうだな。私も、アルクトスも。罪を背負った身、そして人ならざる存在。ともに過ごすのも悪くない」
「! じゃあ……!」
「ああ。お前に応えようじゃないか、アルクトス」
私も差し出された箱を持つ手に自分の手を重ねる。すると、アルクトスは歓喜のあまり、満面の笑みを浮かべて立ち上がると私の左薬指に指輪をはめた。
貧相な手に似合わない指輪は、キラキラと輝いている。
「うっれしいなあ。俺、長生きできちゃう! 何年でも、何百年でも!」
「いや、さすがにそこまで一緒は飽きるだろう」
「飽きるわけないですよ! シルワ様の魅力がなくなることないですもん」
「……その呼び方、やめろ。夫婦になるんだ、様付けしてるなんて格好が悪い。それに敬語も。堅苦しい!」
「そうですね! じゃあ改めて……」
そっか、とアルクトスは顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「――シルワ」
低い呼び声が私の中で反響する。
心臓を羽でくすぐられているように、体がざわついた。
顔に熱が集まってくる気がする。
顔をとっさに隠したが、その手を掴まれて真正面から澄んだ青い瞳が私を反射する。
「う……反則だ!」
眼だけ逃げるように逸らした。けど、アルクトスは逃がしてくれない。
私の後頭部に手をまわし、顔を近づけてくると唇をふさいだ。
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