第6話 共に生きるには無理がある
アルクトスは雷に打たれたかのように驚きの顔をしていた。
やはり、事実だったということか。チンピラであっても、情報は正しかったのか。
しつこさと性格に負けて好意を抱いた私が馬鹿だった。
「魔女の力を使えば、国が栄えるのだろう? そりゃそうだ、上限のない魔力行使は戦況を変える。まずは魔女を手玉にしていこうと考えてもおかしくない」
「え、ちょ、待って待って。そんな話どこから?」
「さっきのチンピラだ。お前から聞いたと……だから。お前は私に近づいたのだろう? 私はただの魔女。なんの能もない、村を滅ぼした罪深い魔女だ。とっとと国にこの首でも持ち帰るがいい。死ねぬが身が朽ちるまで搾り取ればい――」
いい、と言い切る前に体が硬い鎧に引き寄せられた。
首元にはアルクトスの顔。私の髪に顔をうずめていて、表情はうかがえない。
私は抱きしめられている?
どうして?
「そんなこと、言わないでくださいよ……」
声が震えている。
今まで笑ったり肩を落としたり、喜びのあまり泣きそうになったり。表情豊かなのは見てきた。だけど、ここまで悲壮に満ちた声は初めて聴く。
私の背中に回されたアルクトスの手までも震えているのがわかる。
「俺、シルワ様のためならなんだってします。だって、俺、シルワ様が好きだから。だから、そんな諦めるようなこと言わないでくださいよ」
鼻をすする音もした。
まるで泣いているようじゃないか。あのアルクトスが?
「どうして泣く? お前は私を国に連れ帰るために来ていたんだろう? だったらその任務を果たせ。一国の騎士だろう?」
「違います。俺はただ、シルワ様と結婚したくて来たんです。国なんてどうでもいい。騎士なんてどうでもいい! シルワ様がディアルトを壊せって言うなら、俺はそうします。あんな国、どうだっていいんです。俺はシルワ様がいれば他に何もいらないっ!」
苦しいほどにさらに強く引き寄せられて、鎧が顔にめり込みそうだ。
「私の首は金になるぞ? まあ、死なないからいくらでも切り落とせば金を手に入れ放題……それこそ金の永久機関だ。無限に金も地位も力も使える便利な道具にもなる。便利だろう? 使われるならあんな変な奴より、お前の方がよっぽどいい。さぁ、早く私を殺せ。今なら魔法も使えない。首を切るなら今だ」
見知らぬ下品なものに殺されるより、知っている人の方がいいと思えたのは、私が抱いた熱い感情を一緒に無くしてほしいから。
未練も想いも。全部無くしてしまえば楽になる。
「イヤだっ! 俺はっ、シルワ様がいなくなるのがイヤだ! そうやって昔からいつも自分を諦めて! あのときはなんでこんなに優しい人が、居もしない神様に捧げられないといけないのかわからなかったんだ。だけど俺、ガキだったし、花を持ってくことしかできなかった! けど、今なら。俺、シルワ様が願うことなんでもできます。なんでもできるようになりました。国を落とすのもできます。シルワ様がやりたいこと全部かなえるから、だから……だから、そんなこと言わないでください……お願いです、生きて……お願い、もう自分を諦めないで……」
アルクトスは子供のようにわんわんと泣き始めてしまった。
同時に力強く引き寄せるので、私の体はミシミシと悲鳴を上げている。当の本人はそのことに気づいていないようだ。
「シルワ様ぁぁぁ! やだよお、死んじゃやだあ!」
大きな子供は駄々をこねる。森に響くほど大きな声で。
そういえば、こんな子供を過去に見たことがあるような……。
アルクトスの言葉を振り返り、ふと思い出した。
「ああ、そうか。お前は私にいつも花を届けてくれた子か」
「! そうでずよ! 俺、それぢかできなぐでぇ!
泣きながら言うその様子も懐かしい。
私が供物として箱に入れられるまでの間、毎日手元に増えていく花。見るたびに癒されたそれを運んできたのが幼き頃のアルクトスだったか。
きっと、外を見れない暗い箱に詰められてからもアルクトスは私のもとに通っていたのだろう。そのまま私は死んだが、魔女として復活した。
その時近くにいたから、だから村のように木々の栄養分にされなかったのだろうか。
そうだとしても、アルクトスに瀕死の傷を与えたのは私だ、きっと。
足への大けが、その血の匂いで魔物を引き寄せた。
幼子には痛く苦しく辛い、散々な思いをさせただろうに。
「……すまなかった」
私は初めてアルクトスの頭に手をのせた。
必死だったから汗で湿った髪をぽんぽんと優しくなでる。それでアルクトスは一瞬ピクリとしたが、顔を上げずにそのままの態勢を維持する。
「長い間不安にさせてしまったんだな。すまなかった、アルクトス。すっかりお前のことを忘れていたよ。でも、思い出したさ。この森に食べ物を持ってきたのは私が人間だったころに、食べられなかったからなんだな」
アルクトスは突然私のもとにやってきては、さまざまな料理を披露した。
どれもひもじい生活をしていた人間だったときの私では食べられなかったものだ。私が何が好きなのかもわからないから、手当たり次第に持ってきたのだろう。
自分が育った村であれば、取り戻したいと思ってもおかしくない。森に飲み込まれてしまっているが、土地勘があったのかもしれない。あるいは、私の魔法で治療しているから、魔力の根源を見つけ出せたのかも。
いずれにせよ、執念がなければ私の元に来ることはなかった。
だけどもう、終わらせよう。
私に縛り付けておくのは可哀そうだ。
一生涯かけて、私に尽くす必要はない。これで終わりにして、アルクトスには自由に過ごしてほしい。
伴侶を見つけ、子を成して。そして老いて死にゆく。そんな普通の人間として生きていてほしい。
私のためにこんなに泣いてくれたんだ。その優しさを持ってして、人間らしく生きて欲しい。
「長い間、私のことを考えてくれたこと、感謝している。幼き頃から今に至るまで、ずっと……ありがとう。だが、これで終わりにしよう」
「ぅえ?」
ぐしゃぐしゃになった顔を上げたアルクトス。
やっと私を開放し、顔を見ることができた。
眼を真っ赤にし、涙と鼻水でひどい顔だ。
そこへ追い打ちをかけるので申し訳ないが、ひと呼吸おいてから続きを言う。
「お前は自由に生きろ。私のそばにいる必要はない。もう私はひとりでも大丈夫だ。私を阻害するものもいない。私は魔女だ。国に仕える人間のお前とは、生きる時間が違いすぎる。首を差し出すのもやめよう。今後はお前と関わらないようにする」
だから。
と続けようとしたが、アルクトスが食い気味で入ってきた。
「ダメですっ!」
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