第5話 人は身勝手。だからお前も


 これは私の推測の域から出ないが、私は生まれ育った村を滅ぼしたのだろう。その証拠がこの家屋の残骸だ。

 屋根とみられるもの。窓枠、扉……井戸の跡まで残っている。

 そこ人の姿はなく、家畜の声もしない。生きとし生けるものたちは、植物の前に消え失せた。

 茂る木々はかつての家から養分を吸ったかのように生き生きとしている。

 芽生えた新緑が空気を浄化し、心を沈めてくれ、さらに全てを教えてくれる。


『一度人として死に絶えてから与えられた命で、魔女として生きろと』


 頭の中で木々たちがどう伸びるか、絡み合うかを想像し手を伸ばす。するとその想像通りに木々はぐんぐんと成長し、人の侵入を防ぐように伸びていく。そしてかつての村はものの短時間で森になった。

 何もなくなった村への罪悪感はない。

 ただ、自分を見殺しにした人に対する憎しみだけが心の中に残っていた。



「嗚呼、私は化け物になったのか……」



 ぼやいた声は誰にも届かず森に溶けていく。

 膨れ上がっていく感情がさらに森を大きくさせる。森が大きくなるにつれて、憎しみが森全体に溶けていくようで、だんだんと気持ちを落ち着かせることができ、同時に人の心を失っていった。

 何もかもどうでもいい。人間は身勝手だ。

 勝手に死んで、勝手に生きて。勝手に争えばいい。

 私はここで誰にも会わずに、このまま一人で静かに過ごせればいい。誰にも邪魔されず、澄んだ空気だけを肺に入れていければ。

 何もしたくなくて、何もできなくて森に籠った。

 負傷したアルクトスと出会ったのは、私が魔女となってから三日後のことだった。




 ☆☆☆☆☆




「ほらよお、魔法も使えない魔女はただの女。とっとと首を取って終いにしようぜえ」



 汚い言葉が過去の記憶から現実に引き戻させる。

 ここが私にとって唯一の居場所。他の土地も住処もない。ここしかない。

 過ごしやすいこの空間を守るべく、大気を震わせ、新緑を操ろうと手を伸ばした。



「なッ!? 魔法が……」



 普段ならすぐに木々が自由自在に操れる。だが、今、全く反応がない。

 魔力が枯渇するはずもないのに、何故?

 もう一度、木々を動かそうと指示を出す。しかし、風でなびくばかりで育つ気配がない。

 それどころか、森全体から魔力が感じられない。

 魔法が使えない。



「ケッケッケ! やっぱりなァ! 言っただろう? 魔法がなければただの女。魔女には魔女狩り御用達の輝石が有効だってなァ!」



 チンピラの首には、紐でつるされた石がある。

 この人間、面倒な物を持ってきたか。

 首から下げているくすんだ石。かつて魔女狩りに使われていたという遺物、輝石だろう。

 力を持つ魔女を恐れ、討伐しようとした際にもちいられた……という噂を生前聞いたことはあったが、実在していたなんて。

 チンピラのくせに厄介だ。

 魔法が使えなければ、私はただの不死の女。

 どうにもならない、戦えない、逃げられない。何もできない。



「ケッケッケ、降参かぁ? そんじゃまぁ、両手を上げてこっちに来るんだなぁ! 黙ってついてきてもらおうかぁ? これで金が貰えるってな」



 両手を挙げて、チンピラに従う。

 足で逃げられるわけもないし、死ぬわけでもない。地の利がある分、隙を見て逃げられれば御の字。そうでなくても、私が死ぬより先にこいつが寿命で死ぬ。

 だったら逆らうこともない。何をされるにしろ、私にとってはほんの一瞬。痛みも苦しみも、目を閉じていればすぐ終わるのだ。

 眼を閉じ、息を吐く。



「どうした、早く来いよぉ!」



 一歩ずつ歩き、黙ってチンピラの元へ向かう。

 近づくごとに、息を荒くする様子は無様だ。こんなので興奮しているなんて。

 私が抵抗しないことをいいことに、チンピラはだらしない口を開けたまま、手をこちらに伸ばしてきた。



「よく見りゃ魔女ってのはべっぴんじゃねぇか。こりゃ、騎士団長が惚れるのも納得ってな! へへっ、これなら国に渡す前にイッパツやるのも悪くねェ!」



 ボロボロの刃先で、私の顔にかかった髪をよける。切れなさそうな刃なのに、私の頬に浅い傷を作った。



「娼婦として売るのもいいよなァ。どこに捌いても金になる。売る前に俺が使ってもいいよなァ――ぐげぇっ!」



 汚い手が腰に回されそうになったとき、鈍い声と共にチンピラが倒れ込んだ。

 見れば血が流れ落ち、チンピラの手が離れたところに落ちている。



「全く――だから、警戒しておくよう言いましたのに。貴方は少し、無防備すぎます」



 地面から顔を上げれば、私とチンピラの間に、盾のように立ちふさがる鎧の背――アルクトスだった。

 肩で息をしつつ、私に向ける犬のような顔ではない鬼のような表情で、チンピラを見下ろしている。



「コルワ様に触れるな、屑が。殺す」

「ひいっ! 騎士、団長っ!? あんたは捕まったはずじゃ……」

「はあ? あんな弱小な団体から抜けられないとでも? こちらを舐めるのもたいがいにしろよ」



 アルクトスが剣をチンピラの目前に突き刺せば、悲鳴が上がる。



「俺は、ただっ、上から頼まれただけなんだ! 従わないと殺される! だから仕方なく――」

「それで許される訳が無い。死ね」



 躊躇のない刃が、首を落とし、ひとつの命を消した。

 胸の動きがないことを確認し、鬼の顔を緩めてからアルクトスは私の方を見る。

 その顔はいつものへなへなの顔。



「コルワ様、汚い手に触られてないですか? 消毒しないと! あっ、怪我を! えと、消毒と包帯! まず洗って……って水持ってきてない!」



 アルクトスは私の頬の傷を見るなり青ざめて慌てだす。

 常備している手当に必要な道具をまさぐって取り出したりするものの、アルクトスは決して私に触ろうとはしない。

 見かけは頬の傷のみ。すでに凝固していることもあり、加療の必要はない。それに私は魔女だ。自分でそのくらい治せる……魔法があればだが。

 髪で頬を隠し、なんともないと行動で見せる。するとアルクトスは安堵したように息を吐いた。

 


「よかったぁ~。俺、コルワ様になにかあったらどうしようかと気が気じゃなくて。あ、こっちの汚物は後で処理しときますんで! お疲れでしょ、コルワ様はもう休んで――」

「なあ」

「はい?」



 不思議そうな顔を向けてくるアルクトス。私は今、その顔すら憎く思えて仕方ない。

 私を売ったのが事実だとしたら。私は何を信じればいい。

 私に寄って来たのは、利用するため。私は魔女。人間ではない存在。ゆえに、人間として扱われない。だったら、心なんてものは最初から捨て置くべきだった。人と関わるべきではなかった。



「コルワ様?」

「アルクトス――お前は私を国に売ったのか?」

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