第12話


「はぁ、まさかここまでひどいとは……」


「そ、そんなにダメだったでしょうか……?」


 アリスは別に、金銭感覚が狂っているわけではない。

 蝶よ花よと愛でられてきた貴族家の令嬢にありがちな、銀貨以下なんか見たこともないというような子ではないのだ。

 むしろ冒険者としてもある程度活動しているため、素材の価値くらいならわかっている。


 だがアリスは、恐らく魔道具職人としてやっていくにあたって最も必要となる――自分の作る魔道具の商品価値というものについて、まったくの無知だった。


「いいか、たとえばこいつを例に取ってみよう」


 そう言ってラケルが手に取ったのは、取っ手のところに木がはめ込んである、少し大きめのフォークだった。


 これは刺した相手に麻痺の状態異常を与えることのできる『麻痺のフォーク』で、実戦上Bランクの魔物まで利くことを確認しているという。


「アリスならこのフォークにいくらの値段をつける?」


「そうですね……金貨五枚くらいでしょうか」


 フォークは以前領都で開かれていたフリーマーケットで銅貨二枚程度で手に入れたものだし、作るまでにかかった手間も十五分ほど。


 なのでアリスの手間はほとんどかかっていない。

 更に言えばフォーク自体は安物なので、何度か使うとすぐに壊れてしまうだろう。

 それを考えれば、むしろ少し高いくらいではないだろうか。


 彼女が本気で言っているのがわかっているからだろう、ラケルがため息をこらえながら、フォークを手に取る。

 彼が持ったフォークをくるりと半回転させる。

 アリスは湾曲している金属の表面に反射した、縦に伸びている自分の姿を見ながら顔をしかめる。


「俺ならこのフォークに、金貨五千枚は出す」


「ご、ごせ――っ!?」


 思わず言葉を失うアリスに、ラケルはこくりと頷く。

 彼は別に冗談を言っているわけでも、ただ憶測でものを言っているだけでもない。

 その発言は、戦闘経験の豊かな彼の確かな経験に裏打ちされたものだった。


「Bランクの魔物を一撃で昏倒させることができる魔道具……実際に作るとなれば、一流の魔道具職人達が力を合わせて何日もかけて作るようなものだ。耐久性に難があるとはいえ、壊れる覚悟で使えば数回は使えるはずだ。それに何も防御力の高い強力な魔物に使わずとも、人に使うことだってできる」


 要人はもしもの時のために、各種耐性を付加させる魔道具を着けていることが多い。

 だが恐らくこのアリスの魔道具であれば、それをすり抜けて相手を麻痺にすることもできるに違いないというのがラケルの見立てだった。


 パッと頭に思い浮かべるだけで、いくらでも使い道が出てくる。

 金貨五千枚というのはなんら法外な値段ではなく、むしろラケルとしては少し安めに言っているつもりですらあった。


「というか金貨五千枚払うから、普通に俺がほしいくらいだ」


 ラケルは目を白黒とさせているアリスの方をじっと見つめる。

 アリスは呆けたように、「きんかごしぇんまい……」とだけつぶやいていた。


(こいつは……)


 話をしていてラケルは彼女に対して思ったことがある。

 アリスは自分という人間の価値を、まったく理解していない。


 彼女の自己評価は、驚くほどに低い。

 ラケルが持っているマグカップ然り、今手に取っているフォーク然り、自分が作っているものの価値というものをわかっていないのだ。


 作れる魔道具が下手にオンリーワンなものばかりなせいで、客観視がしづらいのもあるかもしれない。


「他の魔道具も似たりよったりだ。少なくともどれも金貨千枚はくだらないだろう」


「はへぇ、そうなんですかぁ……」


 身を置いてきた環境が違うのだから、常識が違うのは当たり前だ。

 彼女に理を説いても、すぐに飲み込んでもらうことはできないだろう。


 自分に価値がないと思っている人間にその価値を説いても、なかなか理解はしてもらえないものだ。

 このあたりのズレは長いこと魔道具店をやって帝都で暮らしていくうちに、少しずつ解消していくしかなさそうだ。


 であれば今のラケルにできるのは、アリスが今のままの彼女でいても問題が起こらないような環境作りに違いない。


「アリス、魔道具の効果をもう少し抑えることはできないのか? 今のままでは効果が高すぎて、後々問題が出かねないと思うぞ」


「効果を抑える、ですか……」


 実家では魔道具の効果は高ければ高いだけ褒められていた。

 なのでそんなこと、考えたこともなかった。


 ただ冷静に考えれば魔道具の効果が高すぎるというのは新たな問題を生み出しかねない。


 たとえば定期交換を要らない明かりの魔道具をアリスが作ってしまえば、それはすなわち他の魔道具職人の仕事を奪うことになってしまう。


 誰かを幸せにするために誰かを不幸にしてしまうというのは、アリスの望むところではなかった。


「……」


 故に彼女は頭を高速で回転させる。

 アリスの魔道具職人としての腕は一流だ。

 どうすればいいのかは、少し考えればすぐに答えを出すことができた。


「多分できるはずです……そういう魔道具を作ればいいですから。でも、かなり時間がかかると思います」


「それなら俺がこのフォークを言い値の金貨五千枚で買おう。それが尽きるまでに、しっかりと魔道具の性能を落とすための魔道具を作ればいい」


 それは、アリスの次の目標が決まった瞬間であった。


 彼女が魔道具店を続けていくための次の試練は……効き目が高すぎる自身の魔道具を、なんとかしてデチューンすることになりそうだった。

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