第11話


「ふんふん、ふふっふーん」


 鼻歌を歌いながら、上機嫌で店内の掃除をするアリス。

 彼女が手に握っているのは、『浄化のタクト』。

 指揮者よろしく振るだけで、汚れを浄化することができるという優れものの魔道具だ。

 店内の汚れはあっという間に消えていった。

 ただ元が公爵令嬢なだけにところどころ掃除が甘いところはあるが……それはまあ、ご愛敬というやつだろう。


 今の彼女はるんるんだった。

 何せ生まれて初めて、魔道具を売ることができたのだから!


 自分の店にやってきた、初めてのお客さんであるロック。

 逃してはいけないと後払いなんてことまでしてしまったが、最終的には代金ももらえたのでオールオッケーである。


 ちなみに今までは父や家の経営する魔道具店が販売・管理を行っていたため、手ずから売り上げたのは正真正銘初めてである。

 なのでアリス的には満点だったのだが、どうやらロックは納得していない様子だった。


(もしかすると魔道具の出来に納得がいってなかったのかな……?)


 その可能性に思い至り、アリスはピタッと鼻歌を止める。

 もしかするともっとお金を払うと言っていたのも、値引きの交渉術か何かだったのかも……と内心でびびり始める。


 むしろその逆で安すぎて納得ができていなかっただけなのだが、肝心の本人はそのことには思い至らない。

 彼女は魔道具を作ることはできるが、魔道具店の店主をするのは初めて。


 もっと言えばわりと箱入り娘なところがあるため、金勘定を始めとして色々なものに疎かった。


 あわあわとしながらどうしましょうどうしましょうと店内を駆け回り始めるアリス。

 するとそういう時に限って、店に客がやってくる。

 からんとドアベルが鳴ったかと思うと……


「……なぜ、店内を走り回っているんだ?」


「さ……最近運動不足だったので」


 そこには怪訝そうな顔をしている帝国皇帝ラングルト二世――ラケルの姿があった。

 彼に正直に言うのは恥ずかしかったので、なんとなく意味のない嘘をついてしまう。


 だがラケルは本気にしたらしく、「もし運動がしたいなら帝城まで来るといい」と言ってくれた。

 おなか周りが気になりだしたらお世話になろうと密かに思うアリスであった。

 

「んんん゛っ! 陛下はなぜここへ?」


「それはもちろん、アリスがここで店を開いていると小耳に挟んだからだ。それと陛下はよせ、お忍びだからな」 


 小耳に挟むも何も、この場所をしっかりと確保して格安で貸すよう手引きしたのは他ならぬラケルなのだが、正直に事情を話すのはなんとなく恥ずかしかったのでそうごまかしてしまう。

 なんだかんだで、二人は似たもの同士であった。


「お忍びって……」


「どうした? 俺の顔に何かついているか?」


 アリスが言葉を失いながら、ラケルのことを見上げる。


 今日の彼は騎士の格好ではなく、町中を歩いている一般人の格好に偽装していた。

 なので着ているのは普通の綿の服なのだが、明らかに放っているオーラが尋常のものではない。


 格好は普通な分、逆にものすごくアンバランスに見えてしまっている。

 傍から見ると、身分を隠している高貴な人間であることが丸わかりであった。


 よくこれで今まで気付かれなかったものである。

 もしかすると気付かれて、その上で見逃されているのかもしれない。


「いえ、なんでもありません!」


「そうか……どうせなら店内の魔道具を見てもいいか?」


「はい、どうぞ」


 ラケルは店内を回りながら、魔道具を吟味し始める。

 ロックに売った『薬効上昇の竹冠』の補充ついでにいくつか新しい魔道具を用意しておいたので、店内は以前より少しだけ魔道具店っぽくなっている。


「なぁ、一つ聞きたいんだが……」


「はい、なんでしょう?」


「この魔道具の説明文、みたいなものはないのか?」


「ないですね」


「値段も書かれていないんだが……?」


「言い値でいいかなって」


 アリスの言葉に、ラケルは頭を抱えてしまった。


 彼女は魔道具職人としては一流でも、商売人としてはポンコツだ。

 商売としてまったく成り立っていないこんな業態では、早晩店が潰れてしまいかねない。


 よしんば潰れなかったとしても、安価で高性能な魔道具を売りまくったりして市場を破壊してしまったり、貴族達に目をつけられる可能性は十分に考えられる。


 俺がなんとかせねばなるまい。

 ラケルはよしと軽く頬を叩くと、心配そうに自分を見上げるアリスの肩に触れた。


「……ちょっとこっちに来い」


「な、なんでしょうかっ!?」


「商売に関しては俺もそこまで詳しいわけじゃないが、お前よりははるかにマシだ。俺が商売の基本をたたき込んでやる」


「は、はいっ!? なんだかよくわからないけど……よろしくお願いします?」


 なぜか疑問形で答えるアリスに、ラケルは魔道具店としての相場や店内に必要な備品や顧客にも手に取ってもらいやすくするための各種工夫など、商店として最低限のイロハをたたき込んでいくことにした。


 そしてその最中、ラケルは既にアリスがロック相手にとんでもない効果の魔道具をたったの金貨二枚で売ってしまったことを知り、再び頭を抱えてしまうのだった……。

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