第7話
魔術師ギルドへの登録、営業のできそうな店舗の選定に、初期の運営費用。
店を開くために必要なものは全てが揃った。
だが店を開くためには、肝心なものが足りていない。
――そう、売り出すための魔道具そのものを用意しなくてはならないのである!
アリスは自分の職人としての特性上、オーダーメイドの魔道具ショップを作るつもりだった。
だからといって、店をオープンする際に魔道具が一つもないというのはマズい。
まずは見本になるものの一つでも作っておかなければ、お客さんが興味を持ってくれることもないからだ。
「よしっ、それじゃあとりあえず色々作っていこうかな」
彼女は腰に下げている手袋にそっと触れる。
そしてその手袋の中から――ドサドサと大量の素材があふれ出してきた!
彼女が身につけているこれは『収納の手袋』、その手袋の中に本来ではありえないほど大量の物品をしまうことができる逸品だ。
手袋に効果がついていることからもわかるように、当然ながら彼女の作品の一つである。
アリスは魔道具職人としては一流だ。
けれど彼女の製作には少し……いや、かなりの癖がある。
まずアリスは、いわゆる普通の魔道具を作ることができない。
それを説明するためには、まず魔道具とは何かということを説明しておく必要がある。
魔道具とは簡単に言えば、普通ではありえない魔法的な効果のついた道具のことだ。
このバーンガイア大陸において、魔道具は人々の生活に根付いている。
たとえば人は火打ち石ではなく点火の魔道具を使うし、少しお金に余裕がある家庭であれば井戸へ水くみの代わりに水の湧き出す魔道具を使うことが多い。
そのため魔道具店は、雑貨店や鍛冶屋などと同じで、かなりの数が存在している。
ただアリスの場合、そのような日常品の魔道具を作ることができない。
――彼女は魔道具につく効果を、自分で選ぶことができないからである。
「よしっ、それじゃあまずはこれと……」
彼女の魔道具製作に目を向けてみよう。
アリスが手に取ったのは、竹を編んで作った網細工の冠だった。
彼女が魔道具作りに使える素材は、実はかなり限られている。
普通の魔道具職人であれば、魔力のこもった石である魔石と魔道具作りに必要な鉄を用意すれば、簡単な明かりの魔道具を作ることができる。
けれど彼女の場合、それでは魔道具を作ることができない。
アリスが魔道具作りの際に必要となるのはただ一つ。
――自分と相性の良い、素材である。
この相性がいいというのがなかなかのくせ者で、実はアリスの場合魔道具を作ることよりもそのための素材を集めることの方が大変であることが多い。
ただ彼女の経験則で、使う素材や物品が長年大事に使われているものの方が、ビビッとくる確率が高いことがわかっている。
これは以前バザーで見つけた竹の冠だ。
話に聞いたところによると、嫁いでいった娘がよく使っていたものだったのだという。
アリスが目を開き、人差し指を伸ばす。
不思議なことに、その先端は淡い青に光っている。
魔道具を作る魔法――付与魔法の光だ。
アリスが人差し指で竹の冠に触れる。
すると彼女の脳内に、大量の情報が漏れ出してきた。
あふれ出してくる情報を整理していると、その道具の可能性がぼんやりと浮かんでくるようになる。
そこに現れるのは、いくつもの分岐だ。
これはこの竹の冠にどんな魔法効果をつけることができるかを示すもので、彼女はこれを『可能性の枝』と名付けている。
『可能性の枝』はどれか一つしか選ぶことはできず、この行程はいつも彼女の頭を悩ませることが多い。
今回の竹冠につけることが可能な効果は三つだった。
姿を隠しやすくする『隠形』。
服用した薬の効果を上げる『薬効上昇』。
人差し指だけを強化する『身体強化(人差し指)』。
魔道具の効果として一番優れているのは、一番上の隠形だ。
けれどアリスは隠形の魔道具がどのようなことに使われるかをよくわかっている。
(暗殺者や密偵の手に渡ったらまずいわよね、これ……)
アリスの作る効果は、他の魔道具職人のものと比べてもべらぼうに高い。
それ故彼女はあまりやばいものは作らないよう心がけていた。
今まで製作を断念したものは数多い。
ついでに言うと彼女の手袋の中には、見つかれば即封印されかねないような代物がいくつも死蔵されていたりする。
アリスは『可能性の枝』のうち『薬効上昇』を選び取り、そのまま魔力を使って付与魔法を施していく。
魔法効果を乗せる付与魔法は、物品そのものを弄るするのではなく、その物品が本来している場所であるイデアにおける情報を、魔力で描いた文字によって書き換えるものである。
ここではない世界に干渉するため必要な魔力と精神力はかなりのものになるのだが、魔道具作りに慣れているアリスは十分もしないうちに完成させることができた。
『薬効上昇の竹冠』の完成である。
調子が乗ってきた彼女はそのまま新たに五つの魔道具を作り、そしてそのうちの一つをそっと手袋の中に収納した。
そして五つほど商品のサンプルを作り……完全に準備は整った。
既に店名は決めていた。
こういうのはシンプルな方がいいと思っていたアリスは、こうして自分の店である『アリスの魔道具ショップ』を開店するのであった――。
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