第6話


「んん……」


 外から聞こえてくる鳥のさえずりの声に、アリスは思わず目を開ける。


「あれ、ここは……」


 まず最初に目に入ったのは、見知らぬ天井。

 ギシギシと音を鳴らすベッドに、妙にほこりっぽい匂い。

 五感を使って感じる見知らぬ感触に首を傾げてから、上体を起こす。

 ゆっくりと深呼吸をして意識を覚醒させると、ようやく自分の状況を思い出すことができた。


「そうだ――今日から心機一転、頑張らなくっちゃね」


 あらかじめ買っていたパンをもしゃもしゃと食べてから、準備を整え、アリスは早速街へと繰り出すのだった――。





 帝都に初めてやってきたアリスには、目に見えるもの全てが新鮮だった。

 家屋は木造が多く、歩いていればカンカンとどこかでトンカチを叩く音が聞こえてくる。


 売られている野菜の中には見たことのないものも多く、本当に食べられるのか怪しく思えるほど毒々しい色合いのキャベツもあった。

 鼻をくすぐるカラメルの匂いにつられて歩いて行けば、食べたことのない焼き菓子を出している喫茶店が見えてくる。


 雑然としていてけれど不思議と調和が取れている帝都の町並みに、アリスは圧倒されていた。


「うわぁ……って、いけないいけない」


 目を奪われていたアリスは、邪な考えを振り落とすかのようにぶんぶんと頭を左右に振った。

 見知らぬ街に心躍る気持ちはもちろんあるのだが、アリスはこれからこの帝都で暮らしていかなければならないのだ。

 彼女は背負っている盾に軽く触れてから、目的地へと向かっていく。


 アリスは帝国にやってくるにあたって、私物や金品をしっかりと持ち込んでいる。

 冒険者として自分で稼いだものも含めると、その額はかなりのもの。

 慎ましやかに生きていくだけであれば、一生働かなくても暮らしていけるくらいの蓄えはある。


 だからといって何もせずだらだらと暮らすつもりはない。


(自分の魔道具作りの力を活かして、皆の役に立つんだ!)


 ふんすと鼻息を出すアリスの意思は固かった。


 まず最初にアリスが向かったのは魔術師ギルドである。

 魔道具を製造・販売するためにはギルドの許可が必要となる。

 自分が一番得意な魔道具作りでご飯を食べていくためには、ギルドの一員になる必要があるのだ。


 王国では彼女自身が公爵家の娘であるというだけで無条件で免許をもらうことができていたが、帝国ではそうはいかない。

 一人の魔道具職人としてやっていくつもりなので、かつての家名を名乗るつもりはなかった。


 ただ基本的に魔術師ギルドに入るためには、信頼のできる人間の後ろ盾か、何かしらの実績が必要になってくる。

 アリスはいざという時にはいつでも自分の作品を見せることができるよう準備してから向かったのだが……。


「アリス様ですね、お話は既に伺っております。こちら、魔術師ギルドの会員証となっておりますのでご査収ください」


 驚いたことに、なぜか話をしただけで会員証を発行することができてしまった。

 そのままギルドの紹介で向かった不動産屋でも……


「魔道具店に適した店舗ですとここがいいでしょう。今回は特別に勉強させてもらいまして……月に帝国金貨十枚ほどでいかがでしょうか?」


 トントン拍子に話が進んでいき、あっという間に店舗の賃貸契約を結ぶことまでできてしまった。


「……どうなってるんだろ?」


 いささか不思議に思わないでもないアリスだったが、元々彼女は楽観的な性格をしている。 上手くいっているのならそれでいっかと、早速営業開始のための準備を整えていくことにするのだった。


 彼女がスムーズに手続きを終えることができたのは、ラケルが裏で色々と手を回してくれていたからである。

 だが鈍感なアリスはまったく彼の配慮に気付くことはなく、私ってラッキーと自分の幸運を誇って終わった。


 後にラケルがネタばらしをした際、そこに思い至らなかったアリスは自分の情けなさに赤面することになるのだが……それはまた、別のお話である。

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