第4話
ガーランド帝国は、人によってその見方の大きく変わる国である。
建国してからまだ百年と経っていない新興国であるため、大陸各地にある伝統ある国々の中には、帝国を成り上がり者達が我が物顔で闊歩する未開の蛮族国家と蔑んでいるところも多い。
だが、この国に対して好意的な者達も決して少なくない。
たとえば大陸中に根を張る大商人達は、この国を商売相手として素晴らしい国だと賛美している。
コンクリート製の街道が整備され流通網が形成されている帝国では迅速な兵の移動が可能であるため、魔物や盗賊達による被害を抑えることができているからだ。
治安が良く物品を運びやすい帝国は商人達にとっていわゆる稼ぎやすい場所であり、商売をしたいのなら帝国へ行けなどとまことしやかにささやかれるほど。
また、民心も非常に安定している。
市井で暮らす帝国臣民達は皆、皇帝に対し強い畏敬を持っていた。
富と人……国を栄えさせるのに必要なものが、今の帝国には揃っている。
現状で押しも押されぬ大国であり、今後百年二百年と続いていけば間違いなく、どの国も無視することができないだけの超大国へと成長していくことだろう。
けれど急速に発展する帝国は、それ故内部に大きなひずみを抱えている。
皇帝であるラングルト二世は今日もまた、恐ろしいほどの激務にその身をやつしていた……。
帝都の中央に位置している帝城イヴァングラードは、全体的に質実剛健とした簡素な見た目をしている。
櫓や防壁などに開けられている魔術眼(魔術を放つために防壁に設けられている小さな空間)などのせいで、城というよりは要塞といった方がふさわしいように思える。
帝城の内側は、外敵の侵入を想定しているために非常に入り組んでいる。
迷路のようになっている城内を進んでいけば、その最奥には王の私室があった。
「……」
中にいる皇帝であるラングルト二世――ラケルは何も言わず、魔道具の明かりを頼りに黙々と決算書類に目を通している。
その居室は、あまりにも小さかった。
おまけにただでさえ狭いスペースがぎっちりと書類の積み上がったテーブルと本棚で更に圧迫されているものだから、寝る場所と仕事をする場所を除けばほとんど余白がない。
やってきた大使が『ここが本当に皇帝の住んでいる部屋なのか?』と疑ったという話は、今や語り草にまでなっている。
がちゃりとドアが開く。
ラケルはそこから入ってくる人影をちらと見ると、すぐに視線を下げて再び書類と格闘し始める。
「また徹夜かい? 早死にするよ、そんなことしてたら」
皇帝に対しフランクな口調で接するのは、赤い髪をきざったらしく右に流している、糸目の男だった。
ラインハルト・フォン・デーリッツ。
彼はデーリッツ公爵という帝国に三人しかいない上級貴族のうちの一人であり、現在統帥権を持つラケルに次ぐ帝国元帥であり……そして同時に、ラケルの幼なじみでもあった。
「仮眠はしっかりと取っている。朝昼夜の日に三回、きっちり一時間だ」
「仮眠ってあくまでも仮だし、ぐっすりと眠った方がいいと思うんだけど……?」
「できる状況ならそうしている」
ラケルは話している間も、握った羽ペンを常に走らせ続けていた。
ガーランド帝国において、皇帝の権限は極めて大きい。
彼自身が採決しなければならない事案が山ほどあるせいで、ここ最近はまともに睡眠を取ることもできないでいた。
帝国貴族の中には、私服を肥やそうと隙あらば脱税や帳簿の改竄、違法行為などに手を染めようとするものが後を絶たない。
実力至上主義である帝国では、その臣下も生き馬の目を抜くような者達ばかりである。
皇帝である彼は、それら全てに目を光らせ、決して下剋上を許してはならない難しい立場に置かれているのだ。
現状激務が続いているのも、反乱を企てていた貴族達の企みを事前に潰したせいで官僚が足りなくなってしまい、彼自身でしなければならない裁決が増えているせいであった。
「はぁ、これだよ……」
ため息をつくラインハルトは、そんな中でも唯一気を許せる彼の友といっていい存在だった。
かつて学生だったことに一緒になって馬鹿なことをやった悪友であり、ラケルは彼に全幅の信頼を置いている。
「それじゃあこれ以上陛下の心労を増やしたくないので、早速報告を」
ラインハルトは背筋を伸ばすと、書類仕事をしているラケルに公的な書類などに上げられることのない情報を話していく。
くだらない市井の噂話から機密上外には漏らせない貴族の醜聞まで、その内容は多岐にわたる。
彼は執務室と私室で常に机に貼り付けになっているラケルに、書類仕事では得られない生の情報を渡すよう定期的な報告を行っていた。
ラケルは書類仕事をしながらも並列でその内容を頭の中にとどめておく。
その中に一つ、聞き逃せない報告があった。
「あの《・・》『奇天烈令嬢』アリスが、帝国にやってきているだと……?」
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