第64話 お姉ちゃん無双 ~そう簡単に、私の義妹になれると思うなよ~

 前回レーナに会ったのは、俺が前世の記憶を取り戻す前のこと。

 久しぶりの再会となった訳だが、まさかその日数まで覚えているとは。

 我が姉ながら、なかなかの衝撃だ。


(ここまでぶっ飛んだ人だったっけ……うん、ぶっ飛んでたわ)


 数々の思い出トラウマを振り返りながらそんな感想を抱いている俺の前で、レーナはなぜか少し不満げに頬を膨らましていた。


「ところでゼロス、何その他人行儀な話し方。前みたいにもっと砕けた口調で、あとはちゃんとお姉ちゃんって呼んでもらわないと」


「いつの話をしているんだ……」


 口調はともかく、お姉ちゃんと呼んでいたのなんて何年も前の話だ。

 しかしレーナとしてはそこにこだわりがあるようで、俺が“姉さん”と呼ぶたびに同じことを言ってきていた。


「はあ、仕方ない弟ね。この件については追々追及するとして……」


「――――!」


 気になる言葉を残しつつ、振り返るレーナ。

 鋭い視線の先にいるノエルは、小さく息を呑んでいた。


 そんなノエルに向け、レーナは続ける。


「貴方。名前は確か……何と言ったかしら」


「ノ、ノエル・ファナティスと申します……」


「そう、知らない名ね……それで貴方は、どういう了見で私の可愛い可愛い弟に剣を向けていたのかしら?」


「――ッ」


 レーナは一見すると優しく、しかしそのうちに苛烈さを秘めた笑みを浮かべノエルに追及する。

 その威圧を受けたノエルは言葉を失い、頬を僅かに紅潮させていた。


 訪れる静寂。

 場に緊張が走る、ノエルがどう答えるのか誰もが注目していた直後だった。


「……も、申し訳ありません! 今日のところはこれで失礼します!」


 それだけを言い残すと、ノエルは剣を収め颯爽と走り去っていく。

 一触即発の空気が消え、安堵したような声が周囲からは聞こえてきた。


 残されたレーナはというと、取り繕うのはこれで終わりだと言わんばかりの表情で自身の長髪をかき上げた。


「ふんっ、愛するゼロスにちょっかいを出す不届き物をどう成敗してやろうかと思っていたのに、まさか軽い威圧程度で立ち去るような弱虫だったとは。ファナティス家の神童っていうのも、大したことないわね」


 冷たく言い放つレーナ。

 今の発言を聞くに、どうやら名前を知らないと答えたのは嘘だったようだ。

 まあ、それもそうか。相手はファナティス公爵家だし。


 とまあそんなことよりも、一つだけ気になることがあるとすれば――


「う、う~ん。何だか今の反応的に、そういうのとは少し違う気が……」


「……だよな」


 隣にいるシュナも同じ感想を抱いたようで、俺たちは顔を合わせ頷き合った。


 まあレーナ本人が気付いていないようだし、俺としても面倒な決闘がなくなったため文句はない。

 これで万事、一件落着――


「と・こ・ろ・で」


「ひぃっ!?」

 

 ――胸を撫で下ろしかけた直後、レーナは続けてシュナに迫る。

 ……ああ、標的が変わってしまった。


「次は貴女ね。さっきからゼロスと親し気に会話をしているみたいだけど……いったいどういう関係なのかしら?」


「シュ、シュナ・トライメルと申します。この度、ゼロス様の従者を務めさせていただく運びになりました」


「……ふ~ん」


「え、えっと……?」


 返事を聞いたレーナは、シュナの周囲をグルグルと回りながら観察を続ける。

 戸惑ったシュナが、潤んだ目で俺に助けを求めてくるが……こうなった状態のレーナ相手では、俺でもどうすることもできない。


「(頑張って耐えてくれ、シュナ)」


「(そ、そんな~~)」


 アイコンタクトでやり取りをする俺とシュナ。

 するとそんなを見て、レーナはようやく納得したように小さく微笑む。


「……まあいいでしょう」


「レ、レーナ様?」


「貴女をゼロスの従者として認めてあげると言っているの。もっとも、ゼロスがその目で信じることにした相手だもの、初めから反対する気はなかったわ」


「っ! は、はい! ありがとうございます!」


 レーナに認められ、嬉しそうに頭を下げるシュナ。

 一瞬どうなるのかと不安になっていた俺も、この展開に改めて胸を撫で下ろす。

 しかし、


「た・だ・し」


「っ!?」


 レーナは柔らかい笑みを浮かべたまま、シュナの両肩をガシッと掴む。

 そして、最後に彼女は一言。


「一つだけ忠告しておくわ……いくらゼロスに信頼されているからと言って、そう簡単に私の義妹いもうとになれるとは思わないことね」


「ええっ!?」


「何を言ってんだお前」


 突然すぎる発言に、思わず素でツッコミの言葉が出た。

 何はともあれこんな風にして、騒がしくはなりつつも、合格発表は何事もなく(何事もなく……?)終わるのだった。



 ◇◆◇



 ――ゼロスが何事もなく終わったと思っている(思い込もうとしている)一方。


 アカデミーの最上階から、今の一連のやり取りを眺める一つの人影があった。

 背丈は少し低めで、輝く銀色の長髪を靡かせている。

 そんな彼女の視線はゼロス一人に注がれており、ノエルに絡まれた場面からレーナがやってくる場面までを全てその蒼色の瞳に収め、さらに彼らの発言にいたるまでで捉えていた。


 全てを見届けた彼女は、「ふふ」と小さく微笑みを零す。


「試験官を務めた方々の報告を聞き、どうしたものかと考えていましたが……いいことを閃きました。これは明日の入学式が楽しみです」


 そう呟いた後、彼女は鋭い視線をゼロスに向ける。



「待っていてください、ゼロス・シルフィード――あなたの隠し持っているもの、このわたしが全て暴いてみせます」


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