第63話 真打登場

 王立アカデミーの合格発表にて。

 無事に主席合格を果たし安堵していた俺の元に現れたのは、次期剣聖と名高いファナティス公爵家の嫡男、ノエル・ファナティス。

 彼はあろうことか、そのまま俺に決闘を申し込んできた。



(――うん。とりあえずまとめてみたけど、まったく意味が分からない)



 正直、今すぐこの場から立ち去りたいくらいだが……

 その前に一つだけ、気になったことを尋ねてみる。


「……いやいや、さすがにいきなりすぎるだろ。それに決闘って言っても、いったい何を賭けるつもりなんだ?」


「賭ける……? そんなものは必要ない。僕はただ、君の実力をこの目で確かめたいだけだ」


「………………」


 曇りのない赤い瞳でそう断言するノエルを見て、俺は彼にまつわるもう一つの噂を思い出していた。


 ノエル・ファナティス。

 現王国騎士団長の息子であり、剣聖の才能を引き継いだ天才。

 さらに彼は、才能だけに驕ることなく鍛錬を重ね、実戦経験を得るため魔物討伐に励んでいる。

 そして少しでも時間ができれば、王国騎士団に所属する格上の騎士に対し、片っ端から立ち合いを挑んでいく徹底ぶり。



 ――――要するにコイツは、なのだ。



(ふむ。これは少し困ったかもしれない)


 噂が真実であったことを悟り、俺は思わず眉をひそめた。


 もしコイツがディオンの時のように明らかな害意を持っていれば、こちらとしても雑に一蹴するだけで済んだのだが、恐らくそうではない。

 ただ単純に、スキルを使えないはずの【無の紋章】で自分を上回る剣士がいると知り、その実力を試さずにはいられないだけなのだろう。


 正直なところ、その気持ちは俺もよーく理解できた。

 まだ俺がゼロニティだった頃、鍛え上げた剣技を試すため、魔物やプレイヤー問わず格上に挑戦することが多々あったからだ。

 まあ、ゲームと現実では色々と事情が変わってくるだろうが……それでも、自分の実力を確かめたくなるのは剣士の性というもの。


(まあ、だからといって、素直に応じるかと聞かれれば話は別なんだけどな)


 こちらに決闘を受ける義務はないし、俺としても必要以上に目立つ気はない。



「おいおい、マジか。【無の紋章】持ちとノエル・ファナティスが戦うらしいぞ」


「さっそく化けの皮が剥がれるってわけか」


「総合順位なら私が2位なのに、何だかすごく疎外感を感じます」



 ……うん、まあ、既に手遅れな気もするが。

 というか外野の声の中に、変なものが混じっていた気が……


 って、そうじゃなく。

 俺に決闘を受ける気がない以上、断りの言葉を口に出そうとした直後――




 ――突如として、場がシーンと静まり返った。




 これまで俺とノエルのやり取りをざわざわと眺めていた野次馬たちが、一斉に口を閉ざしたのだ。

 それだけではない。彼らは一様に、同じ方向に視線を向けていた。


 遅れて、俺もそちらに顔を向ける。

 するとそこには、一人の少女がいた。


 彼女は、艶のある夜空のような長い黒髪を靡かせながら歩いてくる。

 身長は女性にしては少し高めで、端正な顔立ちをしていた。

 腰元には一振りの剣が備えられており、歩き姿だけでも彼女が優れた剣士であると窺える。


「……綺麗」


 ふと、隣に立つシュナが小さくそう零した。

 同様の感想を抱いたのはシュナだけではなかったようで、誰もが言葉を失うかのように彼女に見惚れていた。


「………………」


 それはここまで気丈な態度を貫いていたノエルであっても例外ではない。

 そんな静かな注目を受ける中、少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。


 そして、次の瞬間――




「会いたかったよ~~~~~! ゼロス~~~~~!!!」


「っ!」



 ――そう叫びながら、俺に飛びついて来た。

 そのスピードは恐ろしいまでに速く、俺であっても躱し切ることは不可能。

 結果、彼女はそのまま俺の体を力強く抱きしめた。


「がはっ!」


 その勢いたるや、これまでに戦ってきたどの魔物たちにも劣らない。

 ……会うのは久々だというのに、相変わらずだ。


「……ふえっ?」


 突然のことに、シュナが戸惑ったような声を上げている。

 しかし残念ながら、全力で締め付けられている今の俺に、彼女へ説明するだけの余裕はない。

 俺はなんとか絞り出すようにして、くぐもった声で目の前の少女に話しかけた。



「……お久しぶりです、レーナ姉さん」


「ええ! 53日ぶりね、ゼロス!」


 

 ――少女の名前はレーナ・シルフィード。

 現在、王立アカデミーに通う二つ上の姉であり――圧倒的な才覚を誇る天才剣士ブラコンだった。

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