第44話 屈辱の謝罪

「ゼロス!」


 決闘が終わり息を整えていると、俺の元にシュナが駆け寄ってくる。

 

「すごかったよ、ゼロス! その、何て言うか……本当にすごかった!」


 まだ興奮が収まらないのか、シュナは頬を紅潮させながら率直な褒め言葉を口にしていく。

 語彙を失っているみたいだが、だからこそ逆に、心からの言葉だと信じることができた。


「ありがとう、シュナ」


 俺がシュナにお礼を告げた直後、デュークの声が響く。


「エドガー、ディオンを起こしてくれ」


「かしこまりました」


 デュークの指示を受けたエドガーは頷くと、すぐにディオンの元へ向かった。

 エドガーは【治癒の紋章】を持っているため、痛みや疲労を軽減させるスキルでディオンを回復させることができる。

 エドガーが手をかざすと、柔らかな光がディオンの体を包み、彼の顔の苦痛の色が少しずつ和らいでいった。


「あれ? 俺はいったい何を……」


 数十秒後、ディオンがゆっくりと目を開けた。

 彼の表情には戸惑いが浮かんでいる。

 ディオンはしばらく周囲を見回すも、俺を見た瞬間にピタリと動きを止め、苦虫を嚙み潰したような表情になった。


「俺が、あの無能に負けただと……? 信じられん……」


 彼の声には悔しさが滲んでいたが、少なくとも敗北自体は認めているようだ。

 と、俺がそう思った矢先だった。


「くそっ! お前ではなく、この俺がシュナ嬢を守ってみせるはずが……」


「は?」


 俺は思わず眉をひそめた。

 何を言っているのか全く理解できず、ため息をつきながら俺は冷静に告げる。


「何でいきなり、そんなことを口にしたののか分からないが……そもそもシュナは、お前に守ってもらうほど弱くないぞ」


「なんだと!?」


 するとなぜか、ディオンの顔が怒りで赤くなる。


「適当なことをほざくなゼロス! 俺に見る目がないとでも言うつもりか!?」


(初めからなかっただろ)


 そう心の中でツッコミを入れつつ、俺はデュークに視線を向ける。

 を済ませるには、ちょうどいい機会だと思ったからだ。


「父上。せっかくなので、このままシュナの実力試験を始めてもいいですか?」


 デュークは腕を組み、少し考え込む素振りを見せた後、ゆっくりと頷いた。


「……そうだな、確かに試験を行うなら結界発動中の方がいいだろう。エドガー、今すぐ【魔導の紋章】用の準備を」


「かしこまりました、旦那様」


 エドガーは深々と頭を下げ、すぐに準備に取り掛かった。

 そんな中、ディオンはなぜか得意げな表情を浮かべると、俺に向かって自信満々な様子で告げる。


「はっ、気が逸ったなゼロス。シュナ嬢の実力が俺に優っているはずがない。それが証明され次第、嘘をついたことを俺に謝罪しろ!」


「……もし嘘じゃなかったら?」


「ふん、そんなことはありえないが……その時はお前だけじゃなく、シュナ嬢にも頭を下げて謝罪してやろう!」


 ディオンの自信に満ちた声が、室内いっぱいに響き渡るのだった――



 ◇◆◇




天冥爆ヴォイド・バースト!」




 ドガァァァアアアアアアアアアアン!!!


 数分後。

 シュナの力強い叫びと共に放たれた魔法が、エドガーが用意した試験用の案山子に直撃した。

 刹那、生じる大爆発。

 閃光と轟音が辺りを包み、一瞬にして案山子の胴体を抉り取った。



「「「………………」」」



 場が一瞬にして沈黙に包まれる。

 ディオンは目と口をポカーンと開け、間抜けな表情を浮かべていた。

 父上とエドガーですら、信じられないとばかりに目を見開いている。


 数秒後、デュークの口から小さな呟きが漏れる。


「なんだ、今の魔法は? 同じ【魔導の紋章】を持つ私ですら見たことがないぞ」


「わ、私もでございます。それに今の魔道具はレベル50程度の耐久力を有していたはずですが、それをまさかたった一撃で破壊するとは……」


 予想通り、この場にいる全員が圧倒されている様子だった。


 俺はシュナと目を合わせ、気持ちを共有するように微笑んだ。

 シュナも嬉しそうに頷き返す。


「父上、これで全ての試験は終わりですね?」


「……ああ、文句なしの合格だ。シュナ殿、今後ともゼロスをよろしく頼む」


「えっ、は、はい! こちらこそ、誠心誠意仕えさせていただきます!」


 侯爵直々の頼みに、シュナは恐縮しつつ頭を下げる。

 その様子を温かい気持ちで見届けた俺は、そのままディオンに視線をやった。


「どうだディオン、これで証明できただろ? それで確か、俺とシュナに頭を下げて謝罪してくれるんだったか?」


「くっ、貴様……」


 ディオンは苛立ちの籠った目で俺を睨む。

 まだ文句があるのか口を開こうとするも、彼は動きを止めた。

 シルフィード家において決闘の結果は絶対。そこに逆らうところをデュークに見られるわけにはいかないと考えたのだろう。


 ディオンはプルプルと震えながら頭を下げ、絞り出すような声を出す。



「お二人とも、申し訳ありません……俺が、間違っていました……!」



 室内いっぱいに響き渡る謝罪の言葉。

 かくして今度こそ、ディオンの暴走から始まった騒動は決着するのだった。

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