第38話 承諾


「頼む! どうかウチに就職して、そばでずっと俺を支えてくれないか!?」



 王立アカデミーに通うため、俺の従者になってほしいという懇願を聞いたシュナの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。

 その目は大きく見開かれ、口はパクパクと開いたり閉じたりを繰り返していた。


(あれ、そこまで驚くことかな?)


 シュナのオーバーリアクションに少し戸惑いつつ、俺は軽く咳払いする。


「悪い、そこまで驚かせることだと思ってなくて」


「お、驚くに決まってるよ! だ、だってこんなの、あまりにも急すぎるし……」


 確かに急だった。

 だがデュークに期限を定められている以上、急がざるを得ないのも事実だ。


 俺は少しだけ申し訳ない気持ちになりつつ、説明を付け加える。


「確かに急だったかもな。実は、一週間以内に相手を見つけないといけなくて……」


「い、一週間!? それ、本気で言ってるの!?」


「ああ」


 厳しい条件ではあるが、貴族の子どもに与えられる課題としてはマシな方だ。

 そう考えながら頷いて返すも、シュナはまだ動揺しているみたいだった。


「で、でも、それじゃ、もし私が断ったら、他の人を探すってこと?」


「まあ、そうなるな」


(一週間以内に従者を見つけなくちゃいけないのは決定事項だしな)


 そう心の中で呟く。

 ただ、それを考えると気が重くなるのも事実だった。

 これから長い時間を共に過ごす以上、気の許せる相手がいい。

 その点、シュナ以上の適任は見つけられないという確信があった。


「う、うぅ、そりゃ、ゼロスのことを悪くは思ってないけど、これはちょっと急すぎるというか……でも断ったら、他の人が……むぅ」


 シュナは顔を赤くしたまま、まだ悩んでいる様子だった。

 そうなるのも仕方ない。出会ったばかりの相手から従者になってくれと頼まれても、そう簡単には頷けないのだろう。


 しかし、だ。

 もしこの申し出を受け入れてくれたなら、シュナは王立アカデミーの教育を受けられるだけじゃなく、シルフィード家からの給与を受け取ることもできる。

 出稼ぎのため冒険者になった彼女にとって悪くない条件のはずだ。


 ゆえに、俺は確信をもって告げた。


「大丈夫だ、シュナ。俺が必ず君を幸せにしてみせる」


「ふえっ!? ぜ、ゼロス!?」


 俺の真剣な言葉が届いたのだろうか。

 シュナは一瞬だけ驚いたのち、両手の人差し指をちょんちょんと当てながら、ゆっくりと口を開く。



「え、えっと、その……ゼロスがそこまで言うなら、私は――」


「だからどうか、俺の従者として一緒に王立アカデミーに通ってくれ!」


「――……へ?」



 シュナが目を丸くし、口をポカーンと開けた。

 まるで時が止まったかのような静寂が、俺たちの間を支配する。


 しばらくの無言の後、彼女はゆっくりと言った。


「じゅ、従者……?」


「ああ、そうだ。っと、何で従者が必要なのかはまだ説明してなかったな」


 ここで俺は、デュークから一週間以内に従者を見つけるよう言われていることを詳しくシュナに説明した。

 全てを聞き終えた後、シュナは顔を地面に向けながらプルプルと肩を震わせる。


 かと思えば、その直後、


「ゼロスの、バカぁぁぁあああああ!」


「え?」


 なぜか全力で怒られてしまった。

 なぜだ。

 俺は理由が分からず、ただ呆然と立ち尽くすしかないのだった。



 数分後、ようやく落ち着きを取り戻したシュナ。

 ちなみにだが、なぜ怒ったかについては教えてくれず、何度尋ねても「うるさい、ゼロスのばーか」と言われるだけだった。

 その割には、従者について詳しい話が聞きたいとのこと。

 不思議な事もあるものだ。俺はそう思った。


「それで、どうして私を従者に誘おうと思ったの?」


 シュナの質問に、俺は丁寧に答えることにした。


「父上が出した条件の中に、最低限の実力と、貴族としてのマナーを有した者でないとダメだという項目があるんだ。その点、シュナなら問題ないと思ってさ」


 一息入れ、続ける。


「それにこれなら、シュナのメリットもあると思ったんだ。王立アカデミーなら、幾つか制限があるとはいえ従者も一緒に授業を受けられるし、俺の従者として働くわけだから当然シルフィード家から給与も出る。額も低くはないし、弟さんが通う時の足しになるはずだ」


 シュナは俯きがちに呟いた。


「……私からしたら願ってもない条件だし、とっても嬉しいけど。いいのかな? 私だけ、こんないい目にあっちゃって」


 まだどこか決心がつかない様子のシュナに、俺は最後の理由を言うことにした。


「まあ、ここまで色々と理屈っぽくお互いのメリットを説明したけど……結局のところ一番は、シュナと一緒に通えたら楽しそうだなって思ったからなんだ」


「――――!」


 驚いたように目を見開くシュナ。

 かと思えば、わずかに顔を赤らめて俺から視線を逸らす。


「い、今のはさすがに卑怯だよ、ゼロス……」


「?」


 何かをボソボソと呟いているが、小さくて完全には聞き取れなかった。

 いずれにせよ、俺の伝えられることは全て伝えた。あとはシュナの判断を待つしかない。


 そう思いながら待つこと十数秒、シュナはキリっとした表情で俺を見る。


「……うん、わかったよ。わ、私だってゼロスと一緒にいられるのは楽しいし……従者として、ゼロスのそばにいさせてもらってもいいかな?」


「っ、ああ!  ありがとう、シュナ」


 頷いてくれたシュナに対し、俺は心からの感謝を伝えた。

 かくして俺とシュナは、共にアカデミーへと通うことになる。



 だが数時間後、この決断が新たな波乱を呼ぶことになるとは、この時の俺たちは知る由もなかった。

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