第39話 謎の宣言
シルフィード家の豪壮な邸宅に足を踏み入れると、シュナは緊張した面持ちで周囲を見回していた。
彼女の家は貴族でありつつも裕福ではないという話だったし、こういった屋敷には見慣れていないのだろう。
俺は安心させるように微笑みかける。
「大丈夫だ、シュナ。そんなに心配しなくていい」
「う、うん。ありがとうゼロス……でも、やっぱり少し緊張するよ」
シュナの声は少し震えていたが、それでも前を向いて歩を進める。
その姿に頼もしさを感じつつ、俺はシュナを執務室まで案内した。
入室の許可を得てから執務室に入ると、デュークが厳かな表情で待っていた。
その威圧的な雰囲気に、シュナが小さく身を縮めるのが分かる。
「父上、従者の候補を連れてまいりました」
デュークは眉を少し持ち上げ、驚きの色を隠せない様子だった。
「試練を出した当日に連れてくるとは……なかなか迅速な行動だな、ゼロス」
「はい。幸運にも、素晴らしい人材に出会えたものですから」
「……ふむ」
含みのありそうな相槌の後、デュークはシュナに鋭い視線を向ける。
するとシュナは背筋をピンと伸ばし、自己紹介をした。
「シュナ・トライメルです。本日はよろしくお願いいたします!」
シュナの自己紹介を聞いたデュークは、小さく眉を上げた。
「トライメル……? そうか、トライメル準男爵家の者だな。確か、シルフィード領から南方にある小領地を治めている家柄だったか。どこでゼロスと知り合ったのかは後で尋ねるとして……トライメル家の者が、他家に従者として仕えることに問題はないのか?」
シュナは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、丁寧に答えた。
「はい。確認自体はまだですが、家族からはまず間違いなく許可を貰えるはずです」
力強くそう告げるシュナ。
侯爵家の従者として召し上げられること自体は、小領地の貴族から見ても十分に魅力的だろうし、彼女の言う通り反対はないだろう。
そう考える俺の前では、デュークも納得したように小さく頷いていた。
「分かった。では、さっそくだが幾つかの試験を受けてもらおう」
そう言って、デュークは鈴を鳴らした。
すぐに女性メイドが部屋に入ってきて、シュナを連れ出していく。
試験のため、従者用の服装に着替えてもらうためだ。
一旦、執務室を後にして待つこと十数分。
着替えを終えたシュナが戻って来た。
「来たか、シュ、ナ……」
従者用の服装――つまりメイド服姿のシュナを見て、俺は思わず息を呑んだ。
「ど、どうかな……じゃなくて! どうでしょうか、ゼロス様?」
「っ」
従者として振舞うためだろう。
俺の名前に様付けしつつ、シュナは恥ずかしそうにそう尋ねていた。
俺は一瞬だけ言葉を失った後、思ったままの感想を伝える。
「あ、ああ。似合ってるよ、シュナ」
「そ、そうですか? えへへ、ありがとうございます、ゼロス様」
俺の言葉に、シュナは嬉しさと恥ずかしさが入り混じった照れ笑いを浮かべた。
その表情を見て、俺の鼓動が少し早くなるのだった。
その後、本格的に一つずつシュナの適性を試していくことになった。
まずは家事とマナーについてだ。デュークは執務があるため、ひとまず執事長のエドガーが監督してくれることとなった。
エドガーの指示のもと、シュナは次々と試験をクリアしていくのだった。
◇◆◇
一方、その頃。
屋敷内にて、ゼロスの兄であるディオンもまた、従者探しに奔走していた。
(【全の紋章】を持つ俺なら、誰であろうと喜んでついてくるだろう。だからこそ、そんな俺にふさわしい相手でないといけないのだ)
ディオンは鼻高々に廊下を歩きながら、そう考えていた。
最初はシルフィード家の中にいる従者の中から探そうかとも思ったが、どうにも気に入った人物が見当たらない。
自分にはもっとふさわしい人物がいるはず。
そんな考えの元、ディオンが屋敷の外にも捜索範囲を広げようとした直後だった。
「――――っ!」
廊下を掃除する赤髪の少女――シュナの姿が視界に入る。
彼女を見た瞬間、ディオンは思わず歩みを止めた。
(彼女はいったい誰だ? これまで屋敷内で見たことはない、だが――)
彼の中である答えが導き出されようとしていた刹那、シュナがディオンの存在に気付く。
彼女はディオンがこの家の人間であることを悟ると、笑顔で挨拶してきた。
「こんにちは」
「ッ!」
柔らかさと可憐さに満ちた、少女らしい魅力的な笑み。
その笑みを見た瞬間、ディオンの心臓が大きく跳ね、そして一つの確信を得た。
(こ、これだ! この子こそ、俺の従者にふさわしい存在だ!)
加速する鼓動を必死に抑え、ディオンは冷静を装いながら声をかける。
「お、おや、君は新しいメイドかな? 俺の名はディオン・シルフィード。ここシルフィード家の長男さ」
「ご長男……ということは、ゼロス様の兄君でしょうか?」
「あ、ああ、そうだ!」
ゼロスの方が自分より早く、目の前の少女から知られている事実に少しだけ憤慨しつつも、ディオンはさわやかな笑みを心がけて言った。
「っと、そうだ。出会って早々のところではあるが、君に一つ魅力的な提案がある。君を俺の専属従者にしたいのだが、どうだろう?」
自信に満ちた笑顔で言うディオン。
しかし、シュナの返事は予想外のものだった。
「申し訳ありません。実は既にゼロス様に仕えることになっていまして、今はその試験中なんです」
「なっ……」
言葉を失うディオン。
その数秒後、タイミングを見計らったように執事長のエドガーがやってくる。
「シュナ様、次の試験の準備が整いました。こちらへどうぞ」
「はい、エドガーさん。それではディオン様、失礼いたします」
そう一礼し、去っていくシュナと呼ばれた少女。
一人残されたディオンはしばらく呆然とした後、納得できないとばかりに憤怒の表情を浮かべる。
「俺ではなく、ゼロスの従者だと……? ありえん! こんなこと、起こり得ていいはずがない! 絶対に許さないぞ、ゼロスぅ!!!」
ディオンの憤怒の叫びが、廊下いっぱいに木霊するのだった。
◇◆◇
約一時間後。
試験を終えたらしいシュナが、エドガーと共に戻ってくる。
疲れた様子のシュナを見て、俺は思わず心配になった。
「大丈夫か、シュナ?」
「お気遣いありがとうございます、ゼロス様。ですが、何とか成し遂げることができました」
俺たちのやり取りを見て、エドガーが口を開く。
「ご安心ください、ゼロス様。シュナ様は無事に一通りのマナー、家事の試練を突破されました。見事な腕前でしたよ」
その言葉に、俺は安堵の息をつく。
シュナも嬉しそうに微笑んだ。
「あとは実力試験のみとなります。こちらは旦那様にも同席していただく必要があるので、一度執務室に向かいまし――」
「おい、ゼロス!」
突如として響き渡る叫び声によって、エドガーの言葉が途中で遮られる。
俺たちが同時に視線を向けると、そこには何故か怒りの形相を浮かべたディオンの姿があった。
突然のことに困惑する俺たちの前で、ディオンはなぜか俺に向かってビシッと人差し指を突き付けてくる。
かと思えば、視線だけを俺の隣にいるシュナに向けて口を開いた。
「お前のような無能に、彼女はふさわしくない! 優秀な人材は優秀な主人のもとに仕えるべきなんだ!」
俺は困惑しながらも、冷静に対応しようとした。
「やってきて早々、いったい何を――」
「つまりだ、ゼロス! シュナ嬢をかけ、俺と決闘しろ!」
「………………は?」
意味が分からなさ過ぎて、俺の頭は思わずフリーズした。
それはさながら、ダーク・ソーサラーの冥鎖闇球による拘束に匹敵するほどの停止効果を持っており――って、そうではなく。
ようやく頭が回り始めた俺が真っ先に思ったのは、たった一つのみ。
(何言ってんだコイツ)
うん、やっぱり何も分かんねぇわ。
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