第37話 プロポーズ
ギルドに到着すると、シュナは既にやって来ていた。
彼女の赤い髪が人混みの中でひときわ目立つ。
俺を見つけるなり、シュナは満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ゼロス、おはよう! 今日はどんな依頼を受ける?」
「おはよう、シュナ。その前にちょっと話したいことがあるんだけど、いいか?」
「えっ? う、うん。それはもちろん……」
俺の真剣な口調に、シュナは戸惑いながらも頷いてくれた。
少し場所を移動しつつ、俺はこれから話す内容をまとめる。
(臨時パーティーの件はもちろん、アカデミーに通うことになればこの町から離れることになる。その辺りをちゃんと伝えておかなくちゃな)
できれば人気の少ないところで話したいと考えていたら、運よくギルドマスターのアリサと遭遇した。
軽く事情を話すと、ギルド内の個室を貸してくれることとなった。彼女は俺が貴族であることを知っているため、気を遣ってくれたのだろう。
個室に入ったあと、深呼吸する俺に向かってシュナが尋ねてくる。
「それでゼロス、話って? わざわざこんなところまで移動するってことは、それだけ大事な話なんだよね?」
「ああ。ただ、どこから話したものか……そうだ、まずはこれを見てくれ」
俺はそう言って、自分のステータスをシュナに見せる。
素性を明らかにするには、これが最も手っ取り早いからだ。
シュナは戸惑いつつも、俺のステータスに視線を向ける。
直後、彼女の目が驚きで大きく見開かれる。
「ゼロス・シルフィード……? シ、シルフィードってまさか……」
「ああ。ここら一帯を治める領主の名前……つまり俺は貴族で、シルフィード侯爵の息子なんだ」
「……そうだったんだ。びっくりだよ」
そうは言いつつも、シュナは大声を上げたりせず、どこか落ち着いた様子だった。
「思ったよりは驚かないんだな」
「いやいや、これでも驚いてるんだよ? ただ、どこか納得する自分もいるんだ。ゼロスの立ち振る舞いや口調が普通の冒険者らしくないとは感じていたからね」
「そうだったのか」
まさか見抜かれていたとは。
まあ、それならそれで、この後の話が進めやすくなる。
「それで、ここからが本題なんだが……実は近くに王立アカデミーの入学試験を受けることになってな。もし受かったら、これからアカデミーに通うことになる。冒険者としての活動も向こうで続けるつもりだ」
「……王立、アカデミー」
シュナは眉をひそめながら、俺の言葉を復唱した。
何か含みがあるような雰囲気だ。
とはいえ、それはほんの一瞬だけのこと。
シュナはすぐに柔らかい笑みを浮かべると、ゆっくりと次の言葉を切り出す。
「そっか。それなら私たちはこれから、王都を拠点にしなくちゃね」
当たり前のように言うシュナに、今度は俺が驚いた。
「ついてきてくれるのか?」
「えっ?」
俺とシュナが同時に首を傾げる。
言葉が足りなかったようなので、俺は慌てて説明を付け加えた。
「いやほら、俺たちは元々臨時パーティーから始めるってことでダンジョン攻略に行ったけど、その後、正式なパーティーになるかはまだ話せてなかっただろ? 一応今日は、その辺りのすり合わせからできればと思ってたんだが……」
「……あっ」
俺の言葉に、シュナの顔が見る見る赤くなっていく。
彼女は俯きながら、ボソボソと声を漏らす。
「ご、ごめんね。何だか私、もう既に正式なパーティーを組んだ気でいて……うぅ、恥ずかしいよ……」
「い、いや、そう思ってもらえていたのなら俺としても嬉しい! シュナさえ良ければ、どうかこれからもよろしく頼む」
「……! うん、ゼロス!」
シュナの顔がパッと明るくなる。
何はともあれ、こうして俺たちは、今後もパーティーとして活動していくことになるのだった。
それからしばらく沈黙が続いた後、シュナは少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「でもそっか。ゼロスは王立アカデミーに通うんだね、ちょっと羨ましいな」
「羨ましい?」
「うん。ゼロスに合わせて言う訳じゃないんだけど、せっかくの機会だから伝えておくね。実は私も貴族で……トライメル準男爵家の娘なんだ」
「…………」
それを聞いても、俺はそこまで驚かなかった。
というのも昨日、彼女のステータスを見せてもらった時、トライメルという家名があることには気づいていたからだ。
この世界で家名があるのは貴族か、それに準ずる家系のみ。聞いたことのない家名だったため確信はなかったが、やはりそうだったのかと納得する。
狼狽えない俺を見て、シュナは首を傾げる。
「あれ? あんまり驚いてない?」
「ステータスを見せてもらった時に家名があったから、何となくそうかなって」
「あっ、そっか、そうだったね」
シュナは照れを隠すようにはにかんだ後、真剣な表情を浮かべる。
「でもね、うちは貴族とは言っても、決して裕福じゃないの。だけど王立アカデミーに通うにはすっごくお金が必要だから……」
その後、シュナは自分の境遇についてゆっくりと語ってくれた。
シュナは幼い頃から王立アカデミーに憧れ、通いたいと思っていた。
だが、王立アカデミーに通うとなると多大な費用が必要となる。トライメル家は貴族であるものの、決して裕福ではない。そのため諦めざるを得なかったのだとか。
一応、王立アカデミーには、入学試験で優秀な成績を残した者が受けられる特待生制度もある。
飛びぬけた実力者であれば、お金がなくても――たとえ平民であっても入学し、生活できるようになっているのだ。
しかしそれを目指せるほどの実力はシュナになかった。だから悩みに悩んだ末、こうして冒険者として活動していくことにしたらしい。
それを聞いた俺は昨日、ダーク・ソーサラーに挑む前、シュナが口にした言葉を思い出していた。
『どこまで話したっけ? そうだ、私がスカーレット様に憧れた理由だったね。小さい頃からスカーレット様の伝承はよく読んでいたから、同じ【魔導の紋章】が与えられたときはすごく嬉しかったんだ。まあその後はゼロスも知っての通り、なかなかパーティーに入れなくて……それだけじゃなく、他にも色々と方向転換するような事態があったりもしたんだけど――』
“それだけじゃなく、他にも色々と方向転換するような事態があったりもしたんだけど――”。
あの時シュナが言っていたのは、このことを指していたのだろう。
冒険者になる前から、彼女には様々な決断の場があったというわけだ。貴族であることも考慮すれば、細々とした面倒ごとも多くあったに違いない。
ちゃんと冒険者として活動し始めたのも、ここ三か月の範囲みたいだからな。
そう考える俺の前で、シュナは続ける。
「うちには一人、弟がいるんだ。紋章授与はまだだけど、すごく才能があって……家を継ぐのもあの子になる予定だから、できれば王立アカデミーに通わせてあげたくて。だから私は家を出て、冒険者としてお金を稼ぐことになったんだ」
「……立派だな、シュナは」
思わず口にした言葉に、シュナは慌てて手を振った。
「そ、そんなことないよ! 意気込んだ割にこれまで苦戦続きだし、それこそゼロスと出会ってようやく先が見えてきたところなんだから!」
彼女の謙虚さに、俺は少し考え込む。
そして、ある疑問が湧いた。
「その決意に水を差すようで悪いんだが……今のシュナなら十分に特待生を目指せると思うんだが、一緒に試験を受けたりはできないのか?」
すると、シュナは少し困ったような表情を見せる。
「それがその、実は私が紋章を得たのって半年前なんだ。前期の試験期間にギリギリ入っちゃってて、もう受ける資格はないというか……」
「……なるほどな」
紋章授与の時期で差を付けないため受験期限が設けられているのは合理的とも思いつつ、こういった才能を見逃してしまうのは勿体ないなと思う。
シュナは少し恥ずかしそうに続けた。
「まあそうは言っても、まだ未練はあって……スカーレット様みたいな魔導士になるためにも、何とかして最高峰の教育を受けたい気持ちはまだあったりするんだよね。って、こんなこと今さら言ってもしょうがないんだけどさ」
「………………」
俺の沈黙に気づいたのか、シュナは慌てて言い足す。
「ご、ごめん、急に辛気臭いことを言っちゃって。ゼロスが通う分にはもちろん応援してるから、頑張って――」
「……ちょっと待ってくれ」
「えっ?」
今のシュナの言葉を聞き、脳裏に一つの選択肢が浮かんでいた。
それを口にする前に、少しだけ整理してみる。
今、俺はアカデミーに通うため従者を探している。
ここで面白いのが、アカデミーでは従者でも希望すれば同じ授業を受けることができるのだ(当然、卒業資格とかはもらえないが)。
だからこそ一部の貴族が、お金のない実力者を雇い従者にするというのは、割とよくある話だった。
「なあシュナ、変なことを聞くようなんだが、家事とかってできたりするか?」
「家事? うん、もちろん。言った通りウチは裕福じゃないから、基本的に身の回りのことは自分たちでするんだ。だから炊事、洗濯、掃除、何でもできるよ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で全てのピースが揃った。
「シュナ!」
「ふ、ふえっ、ゼロス!?」
俺は反射的にシュナの両手を握りしめていた。
興奮を抑えきれず、そのまま勢いよく宣言する。
「頼む! どうかウチに就職して、そばでずっと俺を支えてくれないか!?」
「…………え」
しばしの沈黙の後、
「えええええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」
シュナの絶叫が個室を超え、ギルドいっぱいに響き渡るのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
ゼロス「いきなり叫ぶからびっくりした」
シュナ「びっくりしたのはこっちだよ!!!」
ゼロスが悪いよゼロスが。
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