第36話 一つの試練

 シュナと別れた翌日。

 俺がいつも通り装備を整え冒険者ギルドに向かおうとした、その時だった。


「おや、また今日も剣を持って散歩か? なかなか精が出るじゃないか!」


 聞き慣れた嘲笑まじりの声に、俺は内心で溜め息をつく。

 振り返ると案の定、金髪の少年――兄のディオンが腕を組んで立っていた。


 俺は平静を整いつつ、軽く返す。


「……ディオン、何か用か?」


「何だ、その物言いは? せっかく兄が激励の言葉をかけてやっているというのに、礼儀のなってない奴だ」


 どこが激励なんだ、というツッコミが喉まで来ていたがギリギリのところで引っ込めておいた。言っても意味ないからな。

 そんな俺を見て何を思ったのか、ディオンは得意げな表情で続ける。


「もっとも、【無の紋章】しか持っていないお前がいくら努力したところで、【全の紋章】を持つ俺には一生敵わないがな!」


「…………」


 なんだろうか。少し見ないうちに、以前より横暴さが増している気がする。

 俺に与えられたのが【無の紋章】だったことが、そこまで嬉しいのだろうか。

 大方、これで俺たちの格付けが済んだとでも思いこんでいるのだろう。


(この様子だと、最近コイツが修練を怠っているという噂も本当かもな……)


 数日前、ディオンは自分のレベルが40を超えたと言っていたが、今の俺は39とあと一歩のところまで迫っている。

 恐らくコイツは、そんな状況になっているなど微塵も想像していないはずだ。


(まあ、気付かれないほうが都合がいいけどな)


 俺がそう考えていた直後だった。


「おや。お二人とも、こちらにいらっしゃったのですね」


「……エドガー」


 豊かな白髪を優雅にまとめた老紳士が俺たちの前に現れる。

 彼の名前はエドガー。シルフィード家に長年仕える執事長であり、普段はデューク侯爵(俺やディオンの父親)の側近として働いている。


 そんなエドガーはどうやら俺たちに用事があったようで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ゼロス様、ディオン様。旦那様からお二人に御伝達があるとのことです。至急、執務室に来るようにと」


 エドガーの声は落ち着いているが、その眼差しには力強い意志が窺える。

 どうやら重要な話があるらしい。


「分かった。すぐに行く」


「はいはい」


 俺が答えると、ディオンも渋々といった様子で頷いた。



 その後、俺たちは言われた通り執務室に移動する。

 許可をもらい入室すると、そこにはデュークが待っていた。

 シルフィード侯爵家の当主であり、【魔導の紋章】を持つ俺の父親。40歳を超えているとは思えないほど若々しく、覇気に満ちた見た目をしている。


「来たか。そこに並べ」


 短い言葉に、俺たちは素直に従う。


「さっそくだが、お前たちに伝えておかなければならないことがある。近くに王立アカデミーの入学試験が迫っているが、それはお前たちも把握しているな?」


 その言葉に俺とディオンはこくりと頷く。


 王立アカデミー。

 それはここアレクシア王国に存在する世界最高峰の教育機関。

 この世界で最強を目指すためだけなら通う必要はないのだが、俺はとある事情があって入学するつもりだった。


 状況を整理する俺の前で、デュークは続ける。


「お前たちにも当然、その入学試験を受ける資格があるわけだが……我が家の方針として、シルフィード家の名を落とす者は、そもそも受けさせるつもりはない。以前から伝えていたことではあるが、こちらも忘れてはあるまいな」


「はい、父上」

「もちろんです」


 俺とディオンの返事を聞き、デュークは説明を続ける。


「王立アカデミーは年に二回、入学試験を行う。紋章授与から日が経つほど、有利不利が生まれるからだ。当然、半年に区切ったところで差は歴然だが、紋章授与からの期間は最低限配慮してもらえる」


 デュークの説明に、俺は静かに頷く。


 今デュークが言った通り、王立アカデミーの入学試験は年二回ある。

 そして運悪くというべきか、俺とディオンは誕生日が半年弱離れているという事もあり期間がギリギリ被っており、同じ後期試験を受けることになっていた。

 紋章授与からの期間は考慮してもらえるとはいえ、試験官の印象に影響が出るのは避けられない。

 その点、今回の試験で最も有利なのはディオンで、最も不利なのは最近紋章を得た俺たちのような存在だと言えるだろう。


(もっとも、俺には関係ない話だけどな)


 これまで順調にレベルアップをしてきたおかげで、俺は受験者の中では既にトップクラスの実力を持っている。

 対等の条件で試験を受けたとしても、合格はまず間違いないだろう。


 そう考える俺の前で、デュークは「だが」と続ける。


「今お前たちに告げた、シルフィード家の名を落とすなと言う意味だが……それは当然、実力面だけでなく貴族としての格も含まれている」


 デュークの纏う気配が、一層強くなる。

 ここからの一言一句を聞き逃すなと言っているかのようだ。


「貴族の場合、アカデミーには従者を一人連れて行くことになる。その従者にも最低限の実力と、シルフィード家に仕えるものとしての振る舞いが求められるのだ」


 デュークは厳しい表情で続ける。



「そこで本題だが、私からお前たちに対し、一つ試練を出させてもらう。お前たちに仕える従者は自分たちの手で見つけろ。自分を主として敬う存在すら見つけられないのであれば、そもそもアカデミーに入る資格はない。期限は一週間だ。それまでに適切な従者を見つけられなければ、入学試験は諦めてもらう。いいな?」


「はい、分かりました」

「お任せください、父上」



 俺たちの返事を聞いたデュークは神妙な面持ちで頷くと、「もう下がっていいぞ」と言って俺たちに退室を促した。


 廊下に出た俺は、今のデュークの対応について考える。

 俺にとって、彼の対応が少し意外だったからだ。


(俺が【無の紋章】を与えられたとき、父上からは『お前に告げることは何もない』とだけ言われた。実力至上主義の人物という事もあり、俺への興味をなくしたのかと思っていたが……少なくとも現状は、ディオンと同じ扱いをしてくれるんだな)


 そんなことを考えていると、俺の横でディオンが得意げに笑い声を上げる。


「ははっ! 残念だったな、ゼロス」


「何がだ?」


「従者の話に決まってるだろ! 俺は【全の紋章】だからすぐにでも見つけるだろうけど……無能のお前はどうかな!」


 ディオンの言葉に対し、俺は冷静に返す。


「ディオン、紋章の力を過信するのは危険だと思うぞ。それに従者は単なる道具じゃない。互いを理解し、信頼し合える関係が必要だ」


「なっ……! お前に道理を説かれるいわれはない!」


 顔を真っ赤にして怒るディオン。

 彼は踵を返すと、こちらを見ることなく告げる。


「まっ、無能は無能らしく、惨めに頑張るんだな!」


 最後の一言を残し、ディオンは去っていった。

 俺はヤツの背中を見つめながら、これからのことに思いをはせる。



(さて、実際どうしたものかな。実力があって貴族並に教養があり……そして何より、俺が心から信頼できる相手がそう簡単に見つかるだろうか)



 色々と課題は残っている。

 が、ひとまず今日は予定通り、冒険者ギルドへ向かうことにしたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――


そ、そんな……!

ゼロスに近い実力があって、信頼関係も築けていて、貴族並の教養を持っている人物なんて……そんな都合のいい存在が簡単に見つかるわけありませんよね!

ちなみにこの世界で家名を持っているのは、基本的に貴族、あるいはそれに準ずる家系のみになります。あっ……


次回『第37話 プロポーズ』

乞うご期待!

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