第34話 ヴォイド・バースト

 作戦を決めた俺は、簡潔にその方法をシュナに伝える。

 それを聞いた彼女は驚いたように目を見開いた。


「そ、そんなことができるの!?」


「ああ、信じられないかもしれないが……」


「……ううん。ゼロスの言葉なら信じられるよ」


 そう告げるシュナの目には、力強い意志が込められていた。


「ありがとう、シュナ。タイミングは俺が指示するから頼む!」


「分かった!」


 そう告げた後、俺は時間を稼ぐべく鉄皮熊に向かって駆け出した。



「ガァァァアアアアア!」


 迫る俺に対し、鉄皮熊は力強く腕を振り下ろしてくる。

 俺に大ダメージを与えるには、十分な破壊力が込められていた。


「パリ――」


 通常のパリィを試みるも、不意に失敗の予感が過る。

 冥鎖闇球めいさあんきゅうを受けた時と同じ悪寒だ。


「――なら!」


 方針を切り替えた俺は、敵の攻撃を弾くのではなく、自分自身の技量で受け流すことによって凌ぐことにした。

 狙い通り、受け流しは成功する。


(ダーク・ソーサラー戦と違って、躱した先に誰かがいるわけじゃないしな。無理をしてパリィに挑戦する必要はない)


 とはいえ、いつまでもこの方法を続けるわけにはいかない。

 俺が軽々と攻撃を躱し続ければ、シュナや、怪我だらけのパーティーに狙いを変えられる可能性があるからだ。

 俺から目を離すわけにはいかないと、そう思わせてやる必要がある。


 つまり――


「ガァァァアアアアア!」


「――かすみとし」


 キィン!


 咆哮と共に、再び剛腕を振り下ろす鉄皮熊。

 俺は【霞落とし】を発動し、敵の攻撃を弾き返した。


 この技は冥鎖闇球のような魔法攻撃だけに限らず、物理攻撃にも通用する。

 飛ぶ魔法に比べたら難易度は低いし、スラッシュ自体のダメージを一部与えることもできるため一石二鳥だ。

 そして現状ではさらに、鉄皮熊のヘイトをこちらに集めることができるという、三つ目のメリットも存在する。


「グルゥ」


「いいぞ、そのまま俺を見ろ」


 苦悶の声を漏らしながらも、攻撃を繰り出してくる鉄皮熊。

 それを凌いでいる最中だった。


「ゼロス! 一つ目の付与が終わったよ!」


「よし、いいぞ!」


 シュナから、闇属性の付与が終わったと報告が入る。

 このタイミングならダーク・ミサイルを当てられる――それを理解しつつ、俺は続けて別の指示を出した。


「それじゃ、も頼む!」


「うん!」


 シュナは頷き、そこに純白の光を注いでいった。

 その光景を肩越しに見て俺は微笑む。



(そう。これこそが、セイクリッド・エンチャントの持つ本当の真価だ)



 ――【セイクリッド・エンチャント】。

 それは『クレオン』のリリースからしばらくした後に実装された魔導スキル。


 アンデッドなど一部の魔物には効果を発揮するが、他の属性付与と違い素の威力が上がるわけではなかったため、実装当初は外れスキルと言われていた。

 そういう意味では、シュナと初めて会ったとき、彼女がこのスキルに抱いていた感想もあながち間違いではなかったわけだ。


 しかし、ある活用方法が見つかった以降、その評価は逆転することになる。


 それがこの、闇属性と聖属性の同時付与だった。

 闇属性と聖属性はそれぞれ反発し合う特性を持ち、基本的にはより火力の高い属性魔力が、もう一方を呑み込むこととなる。

 しかし万が一、それらが全く同じだけの質と量を持っていた場合、二つの属性は融合するのではなく、反発により大規模な爆発を引き起こすのだ。


 ふと俺の脳裏に浮かんだのは、ダーク・ソーサラーの冥鎖闇球を、シュナのセイクリッド・ミサイルが撃ち抜いた時に起きた大爆発。

 そう。つまりこれは、を意図的に引き起こす高等テクニック。

 発動タイミングは非常にシビアであり、一つ操作を間違えれば自分たちも巻き込まれる博打技。


 だが、俺とシュナなら――


 シュナの手元に浮かぶ魔力弾が、黒と白に点滅する。

 その速度が最高潮に達しようとした瞬間、俺は後ろに飛び退きながら叫んだ。


「今だ、シュナ!」


「うん! いっけぇぇぇえええええ!」


 放たれるは、破壊の砲弾。

 それは真っ直ぐに鉄皮熊へと飛んでいき、その腹部に着弾する。


「…………グルゥ?」


 鉄皮熊が戸惑いの声を上げた、その直後だった。




 ドガァァァアアアアアアアアアアン!!!




 この世のものとは思えない轟音を鳴らし、点滅する魔弾は爆発した。

 大気と地面を激しく振動させる、破壊の魔力が解き放たれる。

 その爆発は見事、鉄皮熊の硬質な胴体にぽっかりと球状の穴を開け、それ以外の部分を木っ端みじんに吹き飛ばした。


「ガ、ガァァァ……」


 唯一、原形が残っていたのは頭部のみ。

 頭だけになっても少しは意識を保っていたのか、鉄皮熊は断末魔の声を上げる。

 しかしそれも一瞬のことで、鉄皮熊はすぐに力尽きて目を閉じた。



『経験値獲得 レベルが3アップしました』

『ステータスポイントを6獲得しました』



 鳴り響くレベルアップ音。

 それを聞き、俺はこくりと頷く。


「よし、うまくいったな」


 今のは闇属性と聖属性を同時に付与することで、莫大なエネルギーを生み出す魔導系スキルの奥義。

 その圧倒的な破壊力から、この技はこう名付けられていた。


 【天冥爆ヴォイド・バースト

 その名の通り、着弾箇所に虚空を生み出すほどの破壊力を秘めた一撃だ。


 二属性を付与するため消費MPは元の二倍になってしまうが、同時に反発爆発によって火力も二倍へと上昇する。

 そしてその二倍とは、闇属性を付与した後――つまり、既に30%分が加算された後の130%がさらに二倍されるため、260%へと跳ね上がるのである。


(改めて考えても、とんでもない必殺技だよな……)


 さらに末恐ろしいのが、この技にはまだ先があるという点。

 ダーク・エンチャントのスキルレベルがMAXになった際、50%の追加MP消費に対し、威力は100%上昇される。

 天冥爆ヴォイド・バーストの使用時は、当然そこからさらに火力が二倍となる。

 つまりまだまだ先は長いが、最終的には消費MP200%に対し、400%の火力を出せるというわけだ。


 まさに一撃必殺の最終奥義。

 この運用方法が見つかってからしばらくは【魔導の紋章】が一番人気となり、一からアカウントを作り直す者も続出したほどだった。


(だからこそ、俺もこのスキルが欲しかったわけだ。セイクリッド・エンチャントを持っていない以上、シュナと同じことをできるのは暫く先になるだろうけど、スキルの熟練度を上げるだけなら今からでも出来るからな)


 何はともあれ、以上が、シュナがたった一撃で鉄皮熊を倒せた理由である。

 俺は結果に満足しつつ、笑顔でシュナたちに告げる。



「よーし皆、無事に討伐できた、ぞ……」


「「「………………(ぽかーん)」」」



 しかしそんな俺とは裏腹に、冒険者パーティーの面々と、それから天冥爆ヴォイド・バーストを放った張本人であるシュナ自身も、呆気に取られたように固まっていた。


(……シュナたちが我に返るまで、もう少しかかりそうだな)


 その光景を前に、俺はそんな感想を抱くのだった。

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