第11話 一撃

 数十分後。

 俺とイルは無事にダンジョンの出口にまでたどり着いた。


 外に出ると、照り映える陽光が俺たちを出迎えてくれた。

 すると、イルが感極まった様子で呟く。


「何だか、ようやく生きた心地がしてきたよ……」


 確かに俺の援護が間に合っていなければ、イルは命を落としていた。

 その事実を改めて噛み締めているようだ。


 と、その直後だった。


「あれ? 嘘だろ? イルの奴、生きて出てきやがったぞ!」


「マジかよ!? 盾でボスを倒したのか!?」


「いや待て、隣にいるのは誰だ?」


「さあ? とりあえず賭けは俺の一人勝ちかな! 大穴狙い最高!」


 幾つもの野太い声が、辺り一帯に響き渡る。

 視線をそちらにやると、そこには入場するときにも見た数人の冒険者が立っていた。

 彼らは俺たちを見て、驚いたような表情を浮かべている。


(いや、俺というよりはむしろ――)


 その時だった。

 俺の後ろに控えていたイルが、ぶるりと体を震わせる。


「イル?」


「あ、アイツらなんだ。僕にダンジョンのボスを倒すよう言ってきたのは」


「……なるほど」


 状況を把握し頷く俺のもとに、彼ら――四人の冒険者が近づいてくる。


 装備からして、全員がレベル20を超えていそうだ。

 見える範囲の武器や紋章からして、恐らく彼らの紋章は【剣の紋章】、【槍の紋章】、【武道の紋章】、【魔導の紋章】。

 どれも序盤から火力を出すことのできる優秀なギフトだ。


 そう分析していると、まず先頭に立つ【武道の紋章】持ちが近づいてくる。


「おいおい、何やってくれてんだイル! せっかくオレはテメェがボスを倒せず力尽きる方に賭けてたってのによ……」


「か、賭けてたって、どういうこと?」


「あん? そのままの意味だよ! まさか盾持ちのお前がオレたちのパーティーに入れてもらえると思ってたのか? 嘘に決まってんだろ! テメェにソロでこのダンジョンに挑戦させて、無様に死ぬかどうか賭けて楽しむためのな!」


「……っ!」


 イルの表情が強張る。

 彼自身、既にそういうことだったのではないかと察してはいたはず。

 だが、真正面から堂々と言われて開き直れるほどではなかったようだ。


(……これは、見てられないな)


 他人のいざこざに口を出す趣味はない。

 が、これはさすがに例外だった。


「ああもう、ふざけやがって! テメェのせいで、俺の貴重な金がなくなっちまったじゃねえか!」


「――っ!」


 男は声を荒げながら、イルに向かって手を伸ばす。

 だが、彼の手がイルに届くことはなかった。


「その辺にしろ」


 パシッ、と。

 俺は左手で、男の手を掴んだ。


「……あぁ?」


 ギロリと、男が苛立ちの籠った表情で俺を睨む。

 そのまま俺の左手を払うと、口早に話し始めた。


「何だ、テメェ? さっきからチョロチョロと目障りだったが……そういやイルと一緒に出てきたが、どういう関係だ?」


「どういう関係と訊かれても……ボスを倒した帰り道で出会っただけだ」


「あぁん? それだけでオレに歯向かったってのか? ……いや待て、ボスを倒したっつったか!? まさかテメェ一人で!?」


「ああ」


 頷くと、男はなぜか嬉しそうな表情を浮かべて振り返った。


「おい、聞いたかよ!? ボスを倒したのはイルじゃなくてコイツだ! 賭けは俺の勝ちだな!」


 声高にそう主張する男。

 それに対し反応したのは、残る三人のうち【剣の紋章】を持つ男だった。


 彼は肩をすくめながら、呆れた様子で口を開く。


「はあ、そんな簡単に騙されてんじゃねえよ。ソイツの紋章をよく見てみろ」


「紋章……?」


 【武道の紋章】を持つその男は、ちらりと俺の左手を見つめる。

 そして数秒ほど沈黙を貫いた後、キッと眉を吊り上げた。


「む、【無の紋章】じゃねえか! そんなゴミ紋章で、このダンジョンのボスが倒せるはずねえだろうが! ふざけやがって……!」


 男の額に青筋が浮かび上がる。

 既に分かっていたことではあるが、彼らの中で【無の紋章】はそれほどまでに評価が低いらしい。


(この様子じゃ、いくら言葉で言っても理解されないか)


 まあ、それについては別にいい。

 問題はコイツらがイルにしでかしたことについてだ。


「今、紋章なんてどうでもいい。それよりも理解しているのか? お前たちがイルにやったのは立派な犯罪行為だ」


 正直なところ、クレオンでも同様の行為はよくあった。

 新規実装されたダンジョンについての嘘情報を広め、多くのプレイヤーが苦しむ様を見るのを楽しむ奴らがいたのだ。

 場合によっては、自らの手でプレイヤーを殺す――PKすらも多く発生していた。


 他人が苦しむ姿を見るためだけにそんなことをする奴らには、前世の時から辟易としていたものだ。

 それでもゲームである以上、ある程度は仕方のないことだと割り切っていた。


 だが、今は違う。


 ここはゲームではなく現実。

 小さな嘘や間違い一つで、人が簡単に死ぬ世界。

 それをあろうことか、自分自身の手で引き起こそうとするなど……そんなこと、決して許されていいはずだない。


「お前たちは冒険者……いや、人間として失格だよ」


「はっ……はは、ははははは!」


 俺の言葉に、目の前の男と、他の三人も合わせて盛大に笑い始める。


「いきなり何を言いだすかと思ったら……舐めてんのか!? この世界は弱肉強食だ! 強い奴がすることは何でも許されんだよ! オレのレベルは22! このダンジョンから辛うじて生還する程度のテメェら雑魚とはちげぇんだ!」


 ひとしきり笑った後、男は拳を振り上げる。


「仕方ねぇ。オレたちに逆らったらどうなるのか、その体に叩きこんでやるよ!」


 拳が淡い光を灯す。


 恐らく、構えからして武道のスキル【キリングフィスト】だ。

 振るう拳の速度と威力を上昇させる強力な技。

 レベル差も考慮すれば、今の俺が受けて耐えきれる威力ではないだろう。


 だが――


「テメェなんざ、一撃で十分だ! さあ、喰らいやが――」


「遅い」


「――は? ぐはっ!」


 振りかぶったその隙をつき、俺の渾身の拳が男の腹に直撃する。

 見事にクリティカルが発生し、男の体が軽々と後方に吹き飛んでいった。


「なっ!?」

「嘘だろ!」

「何が起きた!?」


 困惑と焦燥の声を上げる男たち。

 そんな彼らの前で、俺は小さくため息を吐いた。


(……やっぱり、この程度か)


 【キリングフィスト】は確かに強力なスキルだが、発動直前に僅かなタメが必要となる。

 低ランクの魔物相手には通用しても、格上相手にはうまくタイミングを合わせなければこうして反撃を浴びてしまうのだ。

 アイツはそれを理解しておらず、馬鹿正直に真正面から発動しようした。

 俺からカウンターを受けたのも当然の結果だ。


 確かにレベルやスキルに関してだけなら、現状の俺よりも格上だろう。

 だがアイツには、戦う上で最も重要な技量と経験プレイヤースキルが欠けている。

 そんな奴らが、元世界ランク1位この俺の相手になるはずがない。


「テ、テメェ……いったい、何をしやがった……」


「…………」


 俺はうずくまる【武道の紋章】持ちから視線を外し、残り三人を見渡す。

 緊張の面持ちでこちらを見つめる男たちに対し、威風堂々と告げた。



「さあ、次は誰の番だ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る