第12話 元世界ランク1位の無双①


「さあ、次は誰の番だ?」



 俺の言葉を受け、男たちはわずかに後ずさる。

 そんな中、いち早く冷静さを取り戻したらしい剣士が大きく声を上げた。


「落ち着けお前ら! 今のはただのマグレだ! 油断さえしなきゃ、俺たちが【無の紋章】ごときに負けるはずがない!」


「リーダー!」


「あ、ああ、そうだよな」


 槍使いと魔導士も、剣士――リーダーの言葉を聞き冷静さを取り戻す。

 それと同時に、彼らの目に殺気が宿った。

 取るに足らないはずの相手に舐められている現状が納得いかないようだ。


「おい、てめぇ。舐めてんじゃねえぞ!」


 槍使いが唾を吐きながら猛然と突進してくる。

 その槍先は確かに鋭いが、軌道があまりにも直線的で、俺の目には子供の戯れにしか見えなかった。


「どこを狙っているんだ?」


「なっ!」


 軽やかなステップで槍を躱すと、奴の顔に驚愕の色が浮かぶ。


「嘘だろ!? 簡単に躱された!? こんな動き、ありえねぇ……」


 衝撃のせいか、動きを止める槍使い。

 その隙を狙い追撃を仕掛けようとした、次の瞬間だった。


「なに余所見してやがる!」


「――――」


 背後から剣士の気配を感じ振り返る。

 奴の体と剣は既に青白い光に包まれていた。

 【ソード・ブースト】――指導騎士が使用していたのと同じスキルだ。

 スキルの発動により、男の動きと剣の速度が一瞬で跳ね上がる。


「これならどうだ!」


 自信満々に叫ぶ剣士。

 だが、実際のところ速度が上がっているだけで剣筋自体は甘い。

 これなら――


「パリィ」


「なっ!?」


 俺の声が響くや否や、剣士の攻撃が逸れ地面に叩きつけられた。


「おい、今のって【剣の紋章】のパリィじゃ……」


「奴は【無の紋章】だぞ!? そんなのありえねぇ!」


 二人の顔に浮かぶ驚愕と恐怖。

 【無の紋章】がスキルを使えないという常識が先行し、状況を呑み込むことができていないようだ。


(戦場では、事前情報より目の前の事実を受け入れるべきだろうに……)


 経験の少ないコイツらではそれも難しいのだろう。

 その証拠に――


「これもマグレに決まっている! そしてこんな奇跡は、三度と続かない!」


 そう言いながら、剣士が再び【ソード・ブースト】を使用する。

 だが、工夫もなしに放たれるスキルが、この俺に通用するはずがなかった。


「パリィ」


「っ、嘘だろ!?」


「おい待て――くうっ!」


 再び襲い掛かる剣士の攻撃を、もう一度パリィで弾く。

 弾かれた剣はそのまま槍使いの槍に命中し、二人は体勢を崩した。


(よし、誘導成功だ)


 パリィはこういった多対一において、戦況をかく乱させるうえでも有効。

 クレオンで大量の魔物に囲まれた時も、よく同様の手段で挽回を試みたものだ。


 だが、この程度で終わらせるつもりはない。

 俺は生まれた隙をついて、槍使いの右肩に剣を突き刺した。

 鋭い刃が肉を裂く感触が手に伝わってくる。


「ぐああっ!」


 槍使いは悲鳴を上げ、握力を失ったのか槍を落とす。

 俺はすぐさま、その槍を左手一本で拾い上げた。


「正直、クレオンで槍はそこまで使ってなかったんだが……」


 それでも、こいつ以上の腕前はあるだろう。

 俺は槍の柄を強く握りしめ、改めて両者と対峙する。

 槍使いは緊張した面持ちで口を開いた。


「お、お前、俺の槍で一体何を……」


「せっかくだ、槍の使い方を教えてやるよ」


「な――ッ!?」

「なんだ!? 大振り!?」


 俺はまず、左手で大きく槍を振るい二人と距離を空けた。

 二人は慌てた様子で背後に躱すも、動きはぎこちない。

 その隙をつき、俺は流れるような動きで刺突を放った。


「――――シッ!」


「ッ!? ぐわぁぁぁぁぁ!」


 かく乱の中で放たれた刺突は見事に命中。

 右肩に続き、槍使いの左肩に穴が開き、血飛沫が宙を舞った。


「まだだ」


「がっ!」


 そのまま槍をくるりと回転させると、俺は勢いそのまま、柄を力強く槍使いの後頭部に叩きつる。


「くそっ、たれ……!」


 槍使いはその場にうずくまると、捨て台詞を零しながら気絶した。

 これでもう、コイツが戦線に復帰してくることはないだろう。


 俺がそう思った直後だった。


 「てめぇ、さっきから調子に乗ってんじゃねぇ!」


 倒れていたはずの武道家が立ち上がり、真っ直ぐとこちらに向かってくる。

 先ほどの殴打から動ける程度には回復したのだろう。

 こちらが一人倒し、油断が生まれた瞬間を狙った戦線復帰は確かに有効的だ。


 もっとも、


「俺が相手じゃなかったら、の話だけどな」


「っ!?」


 俺の動きはそれを上回っていた。

 片手で槍を投擲し、奴の足を貫く。

 鈍い音と共に武道家の悲鳴が響いた。


「ぐわああっ! こ、この野郎……!」


「お前が回復していることに気付いていないとでも思ったのか? 殺気が漏れすぎなんだよ」


「く、そ……」


 先ほどのダメージも蓄積していたためか、男はゆっくりと意識を落としていく。

 槍使いに続き、武道家も戦闘不能となった。

 残るは剣使いと魔導士のみ。二人は額に汗を流しながら、俺に恐怖の視線を向けてきた。


 しかし、その数秒後、


「くそっ、ここまで来て退いてたまるか!」


 斬りかかってくる剣士。

 剣士は【ソード・ブースト】の使用を止め、回避を最優先とした立ち回りをし始めた。ただ真正面から攻撃するだけでは通用しないと察したのだろう。

 先ほどから観察していたが、リーダーということもありコイツが最も冷静さを持っているようだ。

 とはいえ、どんぐりの背比べであることには変わらないが。


 しかし、


「いいのか? 躱してばかりじゃ俺に攻撃は届かないぞ」


「言ってろ――今だ!」


 斬り合う途中、突如として剣士が背後に飛んで距離を取る。

 その直後だった。


「マジックボール!」


 魔導士が魔導のスキル【マジックボール】を放ってくる。

 その数はなんと二桁に及んでいた。先ほどから戦闘に参加していなかったのは、これを放つための魔力を溜めていたからなのだろう。

 そして剣士の立ち回りは、魔法を放つ時間を稼ぐため。


 そんな風に分析する俺に対し、魔導士が嬉しそうな声色で叫ぶ。


「油断したな! この魔法は、お前みたいな雑魚には避けられん!」


 確信をもった宣言。

 魔導士の言った通り、さすがに俺でもこの数を全て躱すのは不可能。


 だが――


「パリィ」


 俺は再びパリィを使用した。

 そう。クレオンでは魔法に対してもパリィは発動するのだ。

 接近武器に対するものより難易度が格段に上がるものの、それでも成功率はせいぜいスラッシュの会心斬撃と同じ程度。

 元世界ランク1位の俺からすれば、そう難しくはない技術だ。


 結果、魔法の光球は全て周囲に弾かれ、俺には一欠片とて届かなかった。


「ば、馬鹿な……!」


「魔法までパリィするだと!?」


 呆気に取られる二人に対し、俺は冷たく言い放つ。


「これで終わりだ――スラッシュ」


 俺はショートソードを素早く二度振るう。

 放たれた二本の斬撃は、二人の肩から腹にかけてを切り刻んだ。

 鮮血が噴き出し、地面を赤く染める。


「ぐあっ!」


「うっ……こんな、こんなはずじゃ……」


 斬撃を受け、二人はゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 痛みと衝撃で魔導士はすぐに気絶した。


 ――これで勝敗は決した。

 槍使い、武道家、魔導士が気絶し、意識が残っているのはリーダーの剣士のみ。

 俺はそんな彼のもとにまで歩き、首に切っ先を突き付けた。


「ひいっ!」


 怯えた声を漏らすリーダー。

 ここに来てようやく立場を理解したらしい。


「さっきお前の仲間が、この世界は弱肉強食だと言っていたが……今、どちらが喰われる側かは分かってるんだろうな?」


 そう言いながら、俺は剣を高く振り上げる。

 それを見たリーダーは目に涙を溜めながら、慌てた様子で言った。


「ま、待ってくれ! 俺たちが悪かった! だ、だから命だけは見逃してくれ!」


「じゃあな」


「い、嫌だ! 死にたくな――」


 俺は勢いよく剣を振り下ろす。

 それは盛大に音を鳴らし、男の首――ではなく、その横の地面に突き刺さった。


「…………(バタリ)」


 もっとも、男は自分が殺されたと思ったのか、泡を吹いて気絶しているが。


「ま、こんなもんか」


 こんなクズ共のためにわざわざ俺の手を汚してやる必要もない。

 どうせ他にも似た悪事をしてるだろうし、冒険者ギルドにでも連れて行って裁いてやるのが一番だろう。


 そう結論を出した俺は振り返ると、イルに向かって告げる。


「ほら、終わったぞ。もう気絶してるけど、お前も一発入れておくか?」


「………………」


 返事がない。

 どうやらまだ、戦闘の衝撃から戻ってきていないようだ。


(仕方ない、もう少しだけ待つか)


 そう考えながら俺は「ふう」と一息ついた。



 何はともあれこんな風にして、この世界で初めての対人戦は、俺の圧勝で幕を閉じるのだった。



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