第10話 盾の紋章

 少年はしばらく呆然とした後、ようやく状況を呑み込めたのか、ゆっくりと口を開く。


「き、君が助けてくれたんだね。ありがとう」


「どういたしまして。それより、どうして盾持ちがソロ探索なんてしているんだ?」


「えっと、実は……」


 少年はしどろもどろになりつつも、事の経緯について説明し始めた。


 少年の名前はイル。

 約二か月前に【盾の紋章】を与えられ、現在のレベルは12。

 【棘針の巣窟】の攻略推奨レベル18には全く届いていない。


 なぜ、そんなレベルで挑戦していたかと言うと――



「あるEランクパーティーの人たちから、このダンジョンを一人で攻略することが加入条件だって言われたんだ。ほら、【盾の紋章】持ちって人気がないでしょ? だからこの機会は逃せないと思って挑戦したんだ。それで、僕のレベルでも十分に攻略できるって聞いてたんだけど、実際はかなり違っていて……」


「……ふむ」



 何となくだが、事の全容が掴めてきた。

 【盾の紋章】とはその名の通り、盾を使用するタンク向けのスキルを多く獲得できる紋章である。

 そしてゲームの中盤以降において、パーティーに一人は必須で欲しいほど強力な紋章でもあった。


 だが、序盤においてはそうとも限らない。

 魔物のレベルが低いうちは純粋な火力役が求められることが多く、タンクに限らずサポート系の需要は低いというのが通例だったからだ。


 恐らくその傾向は、この現実世界でも同様なのだろう。

 【盾の紋章】持ちのイルはなかなかパーティーに入れてもらうことができず、そんな中で今の条件が出されたのだろう。


 とまあ、色々と情報が出てきたが、それを簡潔にまとめると――


「えーっと、言いにくいんだが、多分それは騙されてると思うぞ」


「うっ……」


 痛いところを突かれたとばかりに、胸を抑えるイル。

 本人としても、その考えには至っていたのだろう。


 イルは今にも泣きだしそうな表情なまま、言葉を紡ぐ。


「や、やっぱりそうだよね。僕なんて、敵の注目を集める【デコイ】くらいしか使えないし、一人では戦えるはずがない【盾の紋章】持ちなんだから……」


「いや、それは違うぞ」


「えっ?」


 少し勘違いしてるようだったので釘を刺しておく。


「現状はともかくとして、【盾の紋章】にも攻撃用のスキルはある。習得できるのはもう少し後になるだろうが、それ以降は下手な火力役よりよっぽどダメージを出せるはずだ」


「……そ、そうなの?」


「ああ。だからそんな卑屈にならず、自分の紋章をもっと信じてやれ」


「う、うん! ありがとう……えっと……」


 礼のあと、なぜか言葉が途切れ途切れになるイル。

 そこで俺は、まだこちらが名乗っていないことを思い出した。


「俺はゼロス・シル……いや、ただのゼロスだ」


「ありがとう、ゼロス! 君のおかげで、少しだけ自信が持てる気がするよ!」


 にこやかに微笑むイル。

 咄嗟に家名を隠してしまったが……まあ、面倒ごとを避けるためにはこちらの方が無難だろう。




 お互いの自己紹介が終わった後、俺はイルに攻略を諦めるよう伝え、一緒にダンジョンを出ることになった。

 帰路の途中、ふとイルが切り出す。


「そういえば、ゼロスの紋章は何なの? このダンジョンに一人で潜るくらいだから、よっぽどすごい紋章なんじゃ……」


「ん? ほれ」


 俺は左手の甲をイルに見せる。

 すると彼はぽかんとした表情を浮かべ、


「む、【無の紋章】!? ってことは、スキルも持っていないのに僕を襲う魔物たちを一瞬で倒したってこと!?」


 そう叫んだ。


 ……ふむ。そういえば俺が魔物を倒した時、イルは目を瞑っていた。

 俺がスラッシュを使用したところを見ておらず、勘違いしているのだろう。


(まあ、それならそれで都合がいいか)


 俺としては別に、何が何でも【無の紋章】の真価を隠したいわけではない。

 とはいえ、必要以上に周囲へ広めたくないのも事実だった。


 その点、こうして勝手に勘違いしてくれる分には都合がいい。

 それに――


「スキルがなくてもそれだけ強くなれるんだ。僕だって、弱音を吐かずに頑張らなくちゃ……」


 イルにとってはやる気を出すきっかけになってくれたらしい。


(この様子なら、無理に訂正する必要もなさそうだな)


 そんな感想を抱きつつ、俺とイルはそのまま出口まで向かうのだった。

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