第29話 更なる高みへ
ヌエの討伐から二日後の朝。
三人は再び修練場に集まった。各自師匠から一日の休みを言い渡され、ゆっくりと身体を休めた。体調は万全だ。
「魔物の討伐ご苦労であった。お主らがヌエを一人で倒せる程に成長した事を儂は誇りに思う。しかも、修行開始から
里長の言葉の後に、メイファが話し始めた。
「私は里長がお前らに修行をつけると言い始めた時、内心意味が分からなかった。私ですら直接指導してもらった事はない」
怒気を含めてそう言うメイファの声色が緩む。
「だが、今なら分かる。お前らの才能を里長は見抜いていたという事だ」
三人は一気に張り詰めた緊張を緩め、一礼した。
「これまでお主らに教えた事は、この里の者であれば扱える事だ。お主らの奉公しておる家の女中や弟子もな。ただ、お主らは習得速度が異常であったが。この里の住民の殆どは、お主ら程度に戦闘能力があるという事だ。お主らはこの程度で収まる器ではない。儂等三人の全てをお主らに叩き込む」
三人はまだ里の皆に並んだレベルだ。
里長からすれば、彼らはようやくスタートラインに立ったに過ぎない。
「儂等の練気術のように、他種族にも特殊な戦闘法がある事は話した。魔族の高度な魔法、鬼族の異常な身体能力、仙族には特殊な眼の力を有する者がおる。さらに、魔族と仙族は浮遊の術を使う。方法は知らぬがな。我々にも浮遊の方法はある。正確に言えば浮遊ではないが」
空を飛ぶ術があるらしい。これから習得するのは、それに対抗する為の龍族の技術だ。
「我々は空を飛ぶのではない。空を
里長の三人に対する視線は期待に溢れている。真っ直ぐに発せられる声にも、力強さが感じられる。
「これは地上でも移動速度を上げる事に役立つ。これらは、練気術の精度を更に高めねば実現できぬ。それを高めれば今まで教えた術の精度も跳ね上がる。どうする？」
「もちろん、教えてください！」
三人は迷うこと無く、そう返事をした。
「よし、ではメイファ」
「はい」
一言返事をしてメイファが前に出た。
エミリーが目を輝かせている。その表情には尊敬が滲み出ている。
『強化術 迅速』
するとメイファは、ものすごい速度で空を駆け上がっていった。それを見上げた三人は、陽の光に重なったメイファを見失う。
「あそこだ！」と、ユーゴが指を差す方向に目を向けた。
メイファはそのまま落下、空中で三回クッションを置いて着地した。
「すごい、空を走った……」
「これを地上で使うと、一気に距離を詰めることが出来る。その速度で振る刀の斬れ味は想像出来るだろう」
メイファは少しも息を切らすことなく、三人の前に立ちそう言った。
「同じ術でも、扱う者の精度が違えば効果が異なる。メイファ程の使い手ならば、例えば同じ治療術でも切断された腕を接合することも出来る」
「私では切断された傷は残るが、亡くなった姉さんは全くの元通りに出来るほどの治療術師だった」
四肢の接合、この里の治療術はそのレベルにまで達しているらしい。
さて、まずは空中走行だ。見るのとやるのは全く違う、これは高難度だ。
「龍は雲を生み出し、雲を掴みながら飛んだという。メイファが今して見せた事はそういうことだ。足の裏の練気を空中で爆ぜらせ、蹴って進む。先ずは地上でやってみると良い」
里長の言葉に、頭の上に分かり易くハテナを浮かべる三人に、メイファが助け舟を渡そうと声を掛ける。
「これは本当に言葉で説明するのが難しいが……先ずは足裏に極少量の練気を置き、それを爆発的な推進力に変える」
練気を足裏で爆発させるイメージらしい。まずは立った状態でやってみよう。
――全く理屈が分からない……練気を爆発？ どうするんだ。
さっきの言葉を頭の中で反芻する。
メイファは足裏に練気を纏わせではなく、練気を
足裏に練った練気を置く。これを推進力に使う。これを爆発的に
足裏に置いた練気を急激に放出すると、少し浮く感覚を覚えた。すぐさまユーゴは二人に声を掛ける。
「二人共！ ちょっと見てくれ」
ユーゴは、右手の人差指に練気を玉状に出し、それを大岩に向けて
「これを足裏でするイメージだ。これで少し身体が浮く。それを推進力に走るのが近そうだ」
「ほう、なるほど」
里長が後ろ手のまま僅かに声を漏らした。
「斬撃を飛ばす時は、刀の斬れ味をそのまま放出するために刀身に練気を纏う。それを振って飛ばすんだ。でも今回は纏う事なく、足裏に出して急激に放出する」
二人は軽く頷き、早速実践する。
「ホントだ、ちょっと浮く様な感じがあるね」
「これを走りながら、蹴るときにするってことか」
強化術を施し少し走ってみる。いつもとは明らかにスピードが違う。使う練気も極々少量だ、そこまでの負担はない。
「里長！ どうでしょう？」
「うむ、理解が早くて助かる。他にも儂等が伝えたい技や術がある。この修行の合間にでも伝えるとしよう」
「ありがとうございます。ナグモ山には危険な区域はありますか？ 山を駆け回りながら、魔物の相手をするのも良いかなと思いまして」
「昔はとんでもない魔物が封印されておったが、今はおってもヌエ程度の魔物だろう。北の山にはまだ行くな」
「わかりました！」
行くなと言われたら行きたくなるが、命を懸けてまでの願望ではない。ヤバイ奴が居るんだろう。
「毎日ナグモ山を駆け回ってみるか。刀や遁術の精度も高めないとな！」
「賛成！」
龍族の戦闘法のさらなる高み。
習得難易度が跳ね上がった。
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