第28話 ナグモ山の魔物
次の日の朝、少し肌寒さを感じるが、外はいつにも増して天気がいい。
ロックリザードの革鎧を身に付け、春雪を腰に携える。各自がそれぞれの屋敷から修練場に集合したのは、ほぼ同時だった。
「さぁ、行くか!」
更に紅葉した南東のナグモ山に向け、歩みを進めた。
「で、ヌエってどんな魔物なのか聞いてるの?」
「父さんの日記に書いてあったんだけど、虎の体に猿の頭、尻尾は蛇の魔物らしい」
「なにそれ! 気持ち悪っ! いたらすぐ分かるね」
「何頭いるか分からないけど、とりあえず各自でやってみるか。ヤバいと思ったら守りを固めて周りに声を掛けよう」
「了解! 青眼ちゃんのサビにしてやるよ!」
里長の話の通り、道中は本当に虎が多かった。固有種、リーベンタイガー。見つける度に飛びかかってくる大型の虎を、その都度斬り捨てる。
「この死骸、放っといて良いのかな?」
「鳥とかの餌になって良いんじゃないか?」
「いずれ土に返るっしょ!」
虎退治をしながら登山を楽しむ。
「この虎はどれくらいのランクなのかな?」
「こいつは魔物なのか? 獣の類なんじゃないか?」
何せ冒険者ギルドからの依頼では無い為、聞かないと魔物の名前も分からない。まだ山の麓だ、山頂に行くに連れて他にも未知の魔物が居るんだろう。
そんな話をしていると、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
「ヒョー、ヒョー」
「なに今の気持ち悪い鳴き声……」
「多分、お出ましだろうな」
虎の体に猿の顔、尻尾は蛇。
ヌエが姿を表した。
「残念、四頭いるね」
「強化術は掛けてるか?」
「うん、大丈夫」
「じゃ、とりあえず皆で一頭始末しよっか!」
『風遁!
二人の同意を得る事なく、エミリーが風遁を放った。ここに来る船で見た術だ。
無数の風の刃が一頭のヌエに降り注ぐ。もう既に瀕死だ。
「トーマス! 行くぞ!」
「うん!」
『風遁 烈風』
『火遁 炎葬』
ユーゴの火遁が、トーマスの風遁により大きく燃え上がる。
連携遁術だ、瀕死のヌエを消炭にした。
「ヒョーッ! ヒョーッ!」
鳴き声が変わった。
残った三頭のヌエは、姿勢を低く保ち警戒を強めている。
「残りは一人づつ行くか!」
「「了解!」」
三人はそれぞれ別方向に散った。
すると、ヌエが三頭まとめてユーゴの方へと飛びかかった。
「なっ!? 空気読めよこいつら!」
『守護術 堅牢!』
急いで張った守護術が、三頭のヌエの鋭い爪を弾いた。
二人が散った方向から斬撃が飛んできた。威嚇の為の剣風をギリギリで避けた二匹のヌエは、それぞれトーマスとエミリーの方に散っる。当初の予定通り、一対一の戦闘になった。
ヤンガスの手で生き返った春雪を正眼に構える。
ヌエはこちらを警戒して左右にステップを踏んでいる。ヌエの口から炎が飛び出した。
それを守護術で凌ぐ。
動きが相当に早い。
が、ユーゴも強化術でスピードを強化している。速さで負ける事はない。
剣風を放ち、ヌエが避けた方向に一気に詰め寄る。
『剣技
胴を離れた猿の首が、鈍い音を立てて地面に転がった。
皆の方を向くと、トーマスがヌエの両前足を切り落とした所だった。その後、ゆっくりと首を落とした。
エミリーは一思いにぶった切った様だ。
「親方の刀、凄いね」
「私達ちゃんと強くなってるね!」
「あぁ、まさかAランク相当の魔物を一人で倒せるとはなぁ」
遁術も剣技も通用した。Aランク相当の魔物に、余力を残して勝利した。この三ヶ月程で相当強くなっている事がこの実戦で証明された。
「島を出たらSランクに昇進だな!」
「余裕余裕!」
「ヌエは魔晶石持ってるかな?」
火遁でヌエを火葬した。
四体のヌエから拳大の魔石が三つ、小さい魔晶石が一つ出た。
「おぉ、これだ!」
「小さいけど綺麗だねぇ!」
「持って帰って、里長に報告に行こうか」
歩きながら上を見あげると、美しく染まった紅葉から陽の光が漏れ、勝者を照らすスポットライトの様に三人に眩しく降り注いだ。
三人は笑顔で意気揚々と山を下った。
◇◇◇
里長の屋敷に着いた頃には、まだ陽は登りきっていなかった。
門番とはもう顔馴染みだ、そのまま里長の執務室まで進む。
「もう戻ったか、早かったの」
「里長はもう少し手こずると思ってましたか?」
「いや、昼には戻るだろうと踏んでおったが。ヌエは何頭おったか?」
「四頭です。一頭は三人で倒して、後は一人づつで処理しました」
「左様か。見事だ、良くやった。お主らはもうこの里の戦士であるな」
里の戦士。
褒められたのもそうだが、里の一員だと言われている事が何よりも嬉しかった。
「さて、お主らは龍族の基本的な戦闘術を習得した。次からは最後の仕上げに入る。午後からは好きに過ごすが良い。明日は一日ゆっくり休め」
「ありがとうございます!」
里長への報告を終え、屋敷を後にした。
「さて、昼飯は何にする?」
「私、お寿司食べたい!」
「いいね。ご褒美にお寿司行こうよ」
三人は旅を通じて互いを知り、この島での修練で互いを高め合った。彼らの間で深まった絆は、ゴルドホークを出た頃とは比べ物にならない程に強固になっている。
当面の目標を達成し、自分達の成長を確認できた事で、自然と笑顔がこぼれる。
それが寿司を握る大将にも伝わったのかも知れない、その日食べた寿司は今までで一番美味しく感じた。
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