第23話 エミリーの過去 2
いつもと変わらない平穏な昼下がり。屋敷内が炎に呑まれた。
しかしこの屋敷は石造り。今のエミリアなら分かる、あれは魔法だった。
まるで生きているかのようにうねり、襲いかかってくる火炎に焼かれた皆の叫び声が、屋敷内に木霊する。
「イリアナ! エミリアを!」
「分かりました! ですが、リヴィア様もここに隠れておいて下さい! 必ず助けに戻って来ます!」
イリアナはエミリアを抱えて屋敷内を走った。
元騎士のイリアナにしか出来ないことだったのかも知れない。火の海の中、敵の攻撃を躱しながら屋敷の外に出た。そのままの足で、街にある屋敷の使用人の寮の倉庫にエミリアを押し込んだ。
「エミリア様、ここから絶対に出ないように。必ずリヴィア様とお迎えに参ります。いいですか、絶対に出ないように!」
そう言ってイリアナは屋敷に戻っていった。
◆◆◆
一日経っても二日経っても、リヴィアもイリアナも来なかった。エミリアにも分かっていた、二人共もう生きてはいない。
――お腹が空いたな……喉がカラカラだ。
外に出てもこの青い眼だ、エミリアの様な子供が一人で生きていく事は難しい。
何で眼の色が違うだけで、こんな目に合わなければいけないんだ。私達が何をしたんだ。怒りが湧いてきた。全てを憎んだ。
――でも……もうどうでもいい、このまま寝よう。
全てを諦めた時、倉庫の扉が開き光が差し込んだ。
「お母さん!? イリアナ!?」
「おいおい、なんて魔力垂れ流してるんだと思ったら子供か? 残念だけど、お母さんでも何とかさんでも無いよ」
「だれ!? 来ないで!」
「落ち着きなって、敵じゃないよ。ほら、見てみな」
そう言ってその女性は、目から何かを外してエミリアを覗き込んだ。
「お前と同じ、青い眼のお姉さんだよ。仲良くしてね」
それが、ジュリアとの出会いだった。
ジュリアは何かをエミリーに差し出した。
「とりあえずこれを目に入れてみな。お前は目が大きいから入るだろ? 最初はちょっと違和感があるかな?」
「痛っ……くない。これは……何?」
「ほら、見てみなよ」
そう言ってエミリアに鏡を向けた。
「えっ……眼が青くない」
「色付きのレンズだ。元々は視力の矯正用だけど、矯正機能はついてない」
「これで外に出れる……? 色んな世界を見れる……?」
「あぁ、どこにでも行けるよ。世界は広いんだ。とりあえずご飯でも食べるか」
女性は外に出ようとして思い直した。
「おっと、その前に。そんな華美な服着てたら貴族の娘だと思われる。そこに子供服売ってたから、ちょっと待ってな」
そう言って、服を買ってきて着せてくれた。
「よし、完璧だ。どう見ても平民だよ。ご飯はなんでもいいね?」
エミリアは、この時に食べた食事を今でも忘れる事はない。泣きながら空腹と渇きを満たした。
「よし、こんな所でできる話じゃないよな? 人の居ないところに移動しよう」
人もまばらな公園の隅のベンチに二人で座った。
エミリアは、母が一人で自分を産んで家に戻ってきた事、目が見えない子供を演じてた事、屋敷の皆に青い眼を見られた事、その後に屋敷が火の海になって逃げてきた事。
全てを話した。
「そうか。で? お父さんの名前は何だって?」
「アレクサンド……ノル何とかって言ってたよ」
「アレクサンド・ノルマンディか?」
「多分そうだと思う」
「だったらお前ら親子は何にも悪くない。あいつはクズ野郎だ」
「お姉さん、知ってるの?」
「あぁ、よく知ってるよ。あいつに関わったら皆不幸になる。悪魔みたいな奴だよ」
「そっか、イリアナが言ってたんだ。この綺麗な青い眼を人に見せたら、悪魔が嫉妬するから隠してねって」
「うまいこと言うなその人は、その通りだよ。アタシもこうやって隠してる」
――何でこのお姉さんも眼が青いんだろう。
しかし、聞けなかった。聞くのが怖かった。
「どうする? 貴族街に帰るか?」
「帰るのは嫌だ……お母さんとイリアナのいない所なんて地獄だよ……知り合いなんて一人もいないんだ」
「そうか、じゃあアタシと一緒に来な! お前は……いや、そういえば名前を聞いてなかったな。アタシは『ジュリア・スペンサー』だ。よろしくな」
「私は、エミリア・オーベルジュ」
「エミリアか。でもオーベルジュ家は悪魔に燃やされてしまったんだろ? オーベルジュを名乗るのはまずいな……よし、アタシの姓をやろう。お前は今日からエミリア・スペンサー……いや『エミリー・スペンサー』だ」
この日から、冒険者エミリーとしての人生が始まった。
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