第22話 エミリーの過去
エミリーの本当の名前は『エミリア・オーベルジュ』と言う。ウェザブール王都の貴族の家に生まれた。
オーベルジュ家の分家で、当主イザックの孫娘。しかし、父はいなかった。
母、リヴィアは外でエミリアを産んで帰ってきた。そのまま我が子を誰にも会わせる事なく、一人のメイドと部屋に籠もる生活を送ってきた。エミリアは、母とそのメイドの前以外では目を開ける事を固く禁じられていた。
「お母さん、何で私は人の前で目を開けたらダメなの?」
「それはね、私達オーベルジュ家の為でもあるけど、何よりもエミリアの為なの。皆の前でも目が見えない振りをしてね。ごめんね……不自由だよね……全部お母さんが悪いの……」
「違うよ、私の眼が青いのが悪いの。ごめんねお母さん……」
「そんな事言わないでエミリア……」
エミリアは貴族としての教養が無かった。あの心が無い形式だけのやり取りにうんざりした。リヴィアも娘に対する負い目か、厳しく躾ける様な事はしなかった。
祖父イザックの爵位は男爵。貴族称号としては最下位だったが、プライドだけは高かった。世間体を異常に気にする男だった。
それゆえか、外で子供を作ってきたリヴィアと、誰の子が分からない教養のないエミリアを毛嫌いしていた。そんな事もあり、エミリアは家の皆の前ではほとんど喋る事は無かった。
唯一喋る事ができる他人は、メイドのイリアナだけだった。イリアナはリヴィアのお付きのメイドで、オーベルジュ家に来る前は王都の騎士団に所属していた。
イザックの妻、つまりエミリアの祖母に世話になり、この家に来たらしい。イリアナはエミリアが母親以外で唯一目を開いて話ができる存在だった。
「イリアナは私の青い眼を見ても気持ち悪くないの?」
「何の気持ちの悪いことがありますか。エミリア様の眼はとてもお美しいですよ。その美しさ故に悪魔が嫉妬してしまうのです。ですから、他人には決してお見せにならないように。イリアナがあなたの目になりますから」
「そっか、悪魔が来ちゃうなら見せたらダメだね」
――私はこの屋敷の誰の顔も知らない。
外の景色は、窓から見える景色しか知らない。外の世界を思いっきり見てみたい。しかし、それは叶わない。
◆◆◆
エミリアが五歳になったあたりから、定期的にオーベルジュ家の皆と食事をする機会が増えた。エミリアが意識的に目を瞑って生活が出来るようになったからだ。
それがいつも嫌だった。
イザックの子同士で、無駄な機嫌の取り合い、見下し合い。
何よりも嫌だったのは、従兄妹のアドンの存在だった。
アドンは会うたびにエミリアをからかった。目が見えない、喋れない、何でもかんでも憎たらしい声でエミリアを罵った。
エミリアが七歳になった時だった。
「おい、エミリア。お前の母君は
「おい、アドン! 何てことを言うんだ!」
――お母さんがなんだって……? 何でこんな奴にそんな事……。
エミリアはとうとうキレた。
「お母さんに謝れ! お母さんが娼婦なわけ無いだろ! 謝れ!」
隠し通した青い眼を皆に晒し、アドンに殴りかかった。
「こいつ眼が青いぞ!」
その時の皆の顔が忘れられない。
まるで魔物でも見るような目でエミリアを見ていた。
そして、イザックの大声が部屋中に響き渡った。
「おい! この部屋に誰も入れるな! 誰も出るなよ! 鍵を閉めろ!」
イザックは手を震わせ、問いただす。
「リヴィア、どなたの子だ……」
「アレクサンド……ノルマンディ様です……」
リヴィアは泣きながらそう言った。
「お前……とんでもない事をしてくれたな」
「申し訳……ありません……」
「おい、誰もこの事を口外することは許さん! 我が家の存続に関わる事だぞ! おい、アドン! お前絶対に言うんじゃないぞ!」
イザックのあまりの剣幕にアドンも泣き出した。
その後、エミリア達の扱いは酷くなった。部屋から一歩も出る事を許されなかった。
「お母さん、ごめんね……私が悪魔呼んじゃうかもしれないね……」
「いいのよ、いずれはこうなるのは分かってたから……」
いつも、二人に食事を持って来たのはイリアナだった。
「リヴィア様、エミリア様。お気を確かに持ってください。必ず日の目を見る時が来ます。イリアナはそれまで貴方達の味方です」
――イリアナは何でこんなに良くしてくれるんだろう。イリアナが悪魔を追い払ってくれるかもしれないな……。
ある日、いつもの様に食事を持って来たイリアナが、屋敷の中の状況をリヴィアと話しているのを耳にした。
「前回の事が家中で噂になり、使用人達が少しづつ辞め始めています。もしかすると、告発する者が出るかもしれません。リヴィア様、逃げる準備をしておいた方が良いかもしれません」
――こくはつ? 告げ口のこと? 誰に? 悪魔に?
「イリアナ、もしもの時はエミリアを優先して」
「しかし……」
「いいえ、約束して!」
「分かりました……」
「ずっと三人で暮らせるよね……?」
「エミリア、大丈夫よ。心配させてごめんね」
そしてその日は来た。
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