第21話 修行の成果


 各々が修行を開始して二ヶ月が経った。

 日中の暑さは、数日前の大雨で少し和らいだ。あれだけ騒がしかった虫の声も落ち着き、肌寒くなってきた晩には、秋の虫が奏でる音色が耳に心地いい。

 

 あれからユーゴは、タダ飯を食らう事に抵抗があったのだろう。屋敷で手伝いをするようになった。

 今では家事仕事も料理も手伝い、教養もついてきている。料理の盛り付け、掃除洗濯も一通りこなす様だ。


 今日は朝から、修練場での進度確認だ。

 里長はユーゴと共に修練場に着くと、四人は既に待っていた。


「二月ご苦労であったな。一先ずここで成長を見せてもらうとしようか」


 まだ修行開始から二ヶ月。斬撃を放つなど、早くとも後半年はかかる。今回は、刀に練気を纏うことが出来れば満点合格だ。


「まずはユーゴ。お主から行くか」

「はい、的はあの大岩でよろしいですか?」


 ――何だと? いささか頭に乗っておるな。


「出来るものなら当ててみよ」

「分かりました」


 ユーゴは細く息を吐くと、刀を正眼に構えた。


 ――成る程、良い構えだ。


 反復して修練している証拠だと、里長は感心して二、三度頷いた。


 ――ほぉ、練気も綺麗に纏えておる。ここまで仕上げるとはの、合格で良かろう。


「よし、なかなか良い。合か……」


剣技けんぎ 剣風けんぷう!』


 ――何っ!?

 

 ユーゴは錬気を纏った刀を脇に構え、横薙ぎに払った。鋭く刀を離れた斬撃は、大岩の中に吸い込まれていった。


「里長、すみません。大岩を切断するつもりで放ったのですが……」


 里長はもちろん、他の二人も口を開けたまま絶句している。


「え……? 何か……?」

「お主……まさか剣風まで放つとは……まだ刀に纏うのもままならぬと思うておったが……」

「はい、お陰様で何とか形にはなりました」


 勿論まだ実践で使えるレベルでは無い。

 ただ、まだ二ヶ月しか経っていない事を考えると、途轍も無い進歩である。


「よ……良し、次はエミリーだ」


 自信満々に胸を張ったエミリーが前に出る。


「ユーゴ、刀貸してよ!」

「へ? 何に使うんだよ」


 ――何だ? 何をする気だ。


 エミリーは刀を受け取ると、いきなり自らの腕を切り付けた。


「おい、エミリー!」


 突然の奇行に、メイファが叫ぶ。


『治療術 再生!』


 エミリーの傷が跡形も無くなった。

 そしてメイファが固まった。


 ――こやつもか……。


『強化術 剛力!』


 自らに強化術を施し、足元に転がる拳大の石を握り、粉々に砕いた。


「奥様にはまだまだ届かないけど、形にはできました!」

 

 ――もう、声も出ん……。


「親方ぁ! 見ててください!」

「お……おぅ」


 ――トーマス……あやつ、あのような元気者だっかの……。


『守護術 堅牢』


 構えた盾には綺麗に錬気を纏い、周りに蜂の巣状のシールドを張り巡らせた。 


 ――当然こやつもであろうな……。


「親方……すぐに習得しろと言われたのに、二ヶ月もかかってしまいました……すみません」

「いや……あんなの真に受けんじゃねぇよ……」


「まさかお主ら二月でここまで仕上げるとは……」

「お前ぇら、すげぇな……俺ぁ守護術なんてまだ教えてねぇぞ……」

「私も強化術など、やって見せただけだ……」


 ――儂も剣技なんぞ教えておらぬ……。


「「「ありがとうございます!」」」


 ――どうする……助言をして一日見てやろうと思ったが……。


「よ……よし、お主ら二月の間で良く励んだ。今日のところはこれで仕舞いにする。一日の休みを与える、鋭気を養うが良い。明日の朝またここに来るように。次の段階に進もう」


「えっ! 奥様、いいんですか!?」

「あぁ、構わん。よくここまで物にした。門は開けておく、羽目を外してこい。ランには伝えておく」

「やった! ありがとうございます!」


「トーマス、お前ぇもゆっくり遊んでこい。ユウロン達には俺から伝えとくからよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


「ユーゴお主もな、良くやった。風呂はシュエンの屋敷のものを使え。掃除はしておく様にな」

「ありがとうございます! 里長、外で食べる昼ご飯、おすすめはありますか?」

「そうだな。儂は鍛冶屋街近くの、なから屋のすき焼きが好物だ」

「すきやき? 聞いたことない食べ物だ。行ってきます! では、また明日お願いします!」


 三人は笑顔で修練場を後にした。


「あやつら、予想を遥かに超えて来たのぅ……」

「はい、相当努力をしたのでしょうね」

「俺ぁ何しに来たんだ……?」


 里長には一つ気にかかる事があった。本人には勿論伝えてはいない。それをメイファに問いかけた。


「して、メイファよ。お主は気付いておるのか?」

「えぇ、何か事情があるのだろうと見ています。あの明るさの奥に、仄暗さが見える時がありますので」

「左様か、明日問いただしてみるかの」

 


 ◇◇◇

 


「とりあえず、第一段階突破ってとこかな」

「てかトーマス、キャラ変わってんじゃん!」

「いや、二ヶ月あんなに元気な人達と過ごせば声も大きくなるよ……基本的には変わってないよ」

「エミリーこそ、敬語を使うようになってるとはな」

「ランさんにいつも指導されてるからね! ランさん、おっぱい大っきいよぉ?」

「なんだと? それはお近づきになりたいもんだな」


 三人は久しぶりの再会に、各々が堰を切ったように喋りだした。単独修行に明け暮れた二ヶ月間、その成果を遺憾無く発揮できた事による安堵も大きかった。

 

 喋っていると、里長おすすめのお店に着いた。中に入り、すき焼きをオーダーする。

 

 牛の獣の肉を薄く切って、野菜と一緒に醤油ベースの甘いタレで煮込んだ料理だ。

 生の卵に付けて食べるらしい。


「おぉ……これはまた美味いな……」

「ほんと、いつもの料理と違ってガツンとくる系だね!」

「これは吟醸酒が合うだろうね。醤油と砂糖を買って帰ろう。すき焼きは外でも再現できるね」


 三人は、二ヶ月ぶりの自由な時間を楽しんだ。


「ふぅ、食った食った。二人は今日は何するんだ?」

「私は二ヶ月前から決まってるよ。賭場とばに行くんだ!」

「そうか、だいぶお預け食らってるもんな」

「僕はこの島の特産品を見て回ろうかな」

「そうか、オレは何するかなぁ。いきなり休みって言われても困るもんだな。適当にウロウロするかな。夜はまた集まって飲まないか?」

「いいよ! 奥様がよく行くお店教えてもらったから、そこに行こうよ」

「うんうん、特産品買ってきたらエミリーに渡してもいいかい?」

「うん、もちろん!」


 ユーゴは里を歩き回った。

 シュエンの故郷だ、日記にあった場所を巡ってみる。


 ――次に会った時には、里の思い出を共有出来るかな。


 夜になり、エミリーに聞いたメイファおすすめの店に行く。スシという料理だ。


「この島は醤油が大活躍だな! 刺身とはまた違って美味しい」

「うん! 奥様に美味しかったって伝えなきゃ」

「大将、おすすめの吟醸酒ください」

「トーマス、ここの酒気に入ってるな」

「ヤンさんの家は毎日が宴会だからね」


「そういえば、賭場はどうだった?」

 

 エミリーの機嫌は損なわれてはいない。ギャンブルで負けたあとは決まって落ち込んでいたが。


「うん、サイコロ賭博って言って、サイコロの目が奇数が偶数かを賭けるゲームなんだけど、凄く楽しかったよ! ハン! チョウ! ってね!」

「で、勝ったのか?」

「いや、負けたけど……」

「二択でも負けるのかお前は」

「奥が深いよギャンブルは……」


 久しぶりの休み。

 三人は心ゆくまで楽しんだ。

  


 ◇◇◇

 


 次の日、各々が時間通りに修練場に集まった。


「昨日は楽しめたか?」

「「「はい!」」」


「それは良かった。今日からは、もう一段階上にいこうかの」


 第一段階で褒められた三人は、次の段階への期待に胸を膨らませている。

 

「その前に、エミリーよ。お主『仙族』だな。返答次第では詳しく話を聞かねばならぬ」


「えっ……?」


 エミリーは驚いた表情で少し声を漏らし、その後俯いた。


 ――エミリーが仙族? どういうことだ?


 ユーゴもトーマスも驚きを隠せない。


「青い眼を隠して生きておるのは察しておる。そうせざるを得ぬ理由があるのであろう?」


 二人は一度、エミリーの青い眼を見ている。

 その後、エミリーは激しく取り乱した。触れられたくない過去があるのは間違いなかった。 

 

「里長! ちょっと待ってください!」

「ユーゴ、いいよ。大丈夫」


 エミリーはそう言うと顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。


「里長さん、私は仙族と人族の間に生まれた子供です」

「成る程の……それで分かった。皆までは聞くまい」


 ――エミリーもミックス・ブラッドなのか……?


「……いえ、まだユーゴとトーマスには話せていないの。私の過去を二人には話しておきたい。二人共、聞いてくれる?」


「もちろんだよ」

「心の整理が出来たんだな」

 

 そして、エミリーは真っ直ぐな目で、自分の過去を語り始めた。

 

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