第20話 基礎の基礎 トーマスの場合


 ヤンガスは頑固でせっかちだ。そして口が悪い。温厚で怒りを露わにすることが無いトーマスとは真逆の男だった。

 しかし、根は優しく、面倒見が良かった。弟子達もヤンガスを心から尊敬し、慕っているのが分かる。


「おう、トーマス! お前ぇも今日からここの一員だ、戦闘の技術は教えてやる。しかしだ、大陸の鍛冶の技術、ありゃ駄目だ。お前ぇに刀の研ぎ方を叩き込む。シュエンの倅の刀、お前ぇが責任を持って整備しろ!」

「分かりました。お願いします!」

「とりあえず今日のところは休め。おい、トーマスを部屋に案内してやれ!」

「へいっ!」


 今日から弟子達の一員だ。部屋に案内してもらう。

 四人部屋だ、ここには七人の弟子が居る。トーマスを加えて八人、二部屋に別れている。

 

 ここは、鍛冶場とヤンガスの屋敷が隣接しており、弟子達は住込みで修行をしている。

 他の屋敷は女中が家の世話をしているようだが、ここでは弟子達が家事を担当する。

 

 ヤンガスはグルメだ。

 料理はヤンガスの妻が指揮を執り、数人の料理人を雇っているらしい。この島の料理に興味があるトーマスは、頼み込んで見学させて貰おうと決めていた。


「トーマス、 相部屋のよしみだ、よろしく頼むよ!」

「はい、よろしくお願いします。分からない事ばかりなので色々教えてください」


 七人の弟子達とは、昨日の宴会で少し距離が縮まっている。話せば気のいい男達だ。


「よし、飯が出来上がる前に掃除だ!」

「「おう!」」


 屋敷内の掃除は弟子の仕事。

 各自の部屋、廊下、トイレ。広い屋敷だ、丁寧にはできないが、毎日掃除しているため綺麗に片付いている。

 風呂掃除だけは当番制で、最後に入った者達が掃除する決まりらしい。


「よし、配膳に行くか!」


 魚料理や肉料理、小鉢の一品料理などを膳に並べる。盛り付けが本当に美しい。

 キッチンの料理人達に声をかけた。


「お疲れ様です。今日からお世話になっています、トーマスといいます。よろしくお願いします」

「あぁ、トーマス君ね! あの人から聞いてるよ!」


 ヤンガスの妻だ。

 背が低く華奢だが、声のトーンから活発な印象を受ける。


「この島の料理は本当に美しいですね。僕も興味があるのですが、また調理に参加させていただくことは出来ませんか?」

「綺麗だろ? 盛り付けはここの料理の命だよ! 興味があるのかい? いつでも厨房に来るといいよ!」

「ありがとうございます」


 配膳を終え、今日も宴会が始まった。

 毎日がパーティーだ。二日酔いには気をつけよう。


  

「今日の風呂掃除担当は俺達だ! 最後に入って、ササッと済ませて早く寝よう」


 風呂で一日の疲れを癒やす。

 良い香りだ。

 

「ユウロンさん、この湯船に使われている木は何ですか?」

「こりゃヒノキだ、いい匂いだろ?」

「はい、本当に落ち着く香りです」

「俺もこの時間が一番の癒やしだ……」


 さっき知った事だが、同部屋のユウロンはヤンガスの息子らしい。息子とはいえ特別扱いはしない。実にヤンガスらしい。


「よし、風呂掃除して出るか!」


 ヒノキの浴槽にお湯を張ったままだと、ヌメリの原因になる様だ。その為、最後に入った者が掃除する決まりになっている。

 女風呂もそういう決まりらしい。


 一日が終わった。

 明日からは修行に鍛冶仕事、屋敷の掃除に大忙しだ。

 初日の気疲れもあってか、すぐに眠りに落ちた。

 


 ◇◇◇

 


 弟子達の朝は早い。

 鍛冶場の準備をしてから、主人達の配膳だ。弟子達はその後に朝食を頂く。


「よし、トーマス! 少ししたら準備して修行だ! 派手な事はしねぇからウチの庭でいいだろ」

「へい! 分かりました!」

「お前ぇ、ウチの弟子らしくなってきたじゃねぇか!」


 ヤンガスはガハハと笑って準備に行った。

  

 

 これだけ大きな屋敷の庭だ、相当広い。

 綺麗に整えられた木々が美しい。手入れが行き届いた素晴らしい庭園だ。


「昨日の里長の話は覚えてるな? 里長は刀に練気を纏ったが、お前ぇは盾に纏うだけの話だ。俺ぁ細けぇ話は苦手だ、話しぃ思い出してとりあえずやってみろ」


 ――よし、まずは体中の気力を練り上げるんだったな。

 

 それを盾を持つ左手に集める……いい感じだ。


「よっしゃ、それを盾に練り込む様に纏うんだ。薄く伸ばすように盾全体に纏わせろ」


 盾に練り込む様に……体の中でただ練り込むのとは段違いだ。体の外に出すのが難しい。

 ゆっくり盾に練り込むイメージで体から出す。が、そのまま留める事が出来ない。


「駄目だ……これは一筋縄じゃ行かないですね」

「あぁ、これさえできりゃ、守護術なんて出来たも同然だ」

「頑張ります!」

「今頃ユーゴの奴も手こずってるだろうよ。あんまり気張り過ぎんじゃねぇぞ。じゃ、俺ぁ鍛冶場に居るからな、何かあったら声掛けろ」

「分かりました!」


 ――これを盾に張ることができれば、僕はもっと強くなれる。

 


 ◇◇◇


 

 練気を無駄に放出し続ける。

 息を整える為に地面に尻餅をついた。目線を少しあげると、空が夕日で赤く染まっていた。

 

 ――もうこんな時間か……少しはマシになった気もするけど、まだまだ遠い……。


 立ち上がり修練を再開し始めた時、ヤンガスが様子を見に来た。


「何だお前ぇ、まだその程度かよ。それの他にも刀研ぎが有るんだからよ、サクッと習得しちまぇよ。まぁ、今日は安め。ご苦労さん」

「はい!」


 ――僕は才能無いのかな……頑張らないと二人に迷惑がかかる。


 疲れていても関係ない、今から家事仕事だ。


 一通り仕事を終え、食事を済ませ風呂に入った。今日は、お風呂掃除の当番ではない、早めの就寝だ。


「トーマス、どうだ? 修行に家事仕事に大変だろ?」

「ユウロンさん……僕は元々、盾士の才能がなかったのかもしれないです……Aランクになって調子に乗っていたのかもしれません……」

「お前……何言ってんだ……? 俺なんて練気術を習得するのに二ヶ月かかったんだぞ……更に練気を盾に纏うのに半年だ。お前言われただけで直ぐに練気術出来たんだろ? だったら俺は相当な能無しじゃねぇか! 勘弁してくれよ!」


 ――慰めてくれる人が居るって心強いな……。


「ユウロンさん……ありがとうございます」

「……ん? いやいや、慰めてるんじゃねーんだよ!」

「僕、頑張ります!」

「ぉ、おぉ……がんばれよ……」


 ゆっくり寝て気力を回復させないと持たない。

 明日からも頑張ろうと、布団に身体を預け目を閉じた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る