第19話 基礎の基礎 エミリーの場合


 里長の講義を聞いた後、メイファの後を歩き屋敷に着いた。入口で靴を脱ぎ、木製の棚に収納する。

 ヤンガスの家も大きかったが、この屋敷は広いだけではない。女性が多いからか、全く雰囲気が違う。


「エミリー、この部屋を使いな。でもな、私はタダ食いさせるつもりは無いよ。女中と一緒に働きな」

「え? てことは、あの綺麗な着物きても良いの?」

「あ? そうだな、着付けから教えてもらいな。あとは言葉遣いもどうにかしてもらえ」

「はい! 分かったよ!」

「……分かってないなこいつは」


 女中頭のランの指導が始まる。まずは、綺麗な着物の着付けから教わった。


 ――えぇ……難しいよこれは……。


「私も若い頃は、一人で着られる様になるのに結構かかったからねぇ。エミちゃんも慣れるまでは私が着付けるよ」

「うん、ありがとうランさん!」

「次はご飯の配膳に行くよ。慣れるまでは気をつけるんだよ。絶対に落とさないようにね!」


 メイファの家族は、夫と、子供は男女二人。二人ともエミリーより年上に見える。

 エミリー達女中の仕事は、主人であるメイファ一家への奉公だ。

 

 ――がんばろ! 強くなるためだ!


 夕食は、料理人が作りに来る。住み込んで働いているのは彼女たち女中だけだ。

 出来たての料理を冷ます事なく、速やかに主人のお膳に運ぶ。

 

「メイファさん! ご飯持ってきたよ!」

(エミちゃん。お食事お持ちしましただよ)

「お食事! お持ちしたよ!」

「……奥様、申し訳ございません……」


 ――メイファさんの家族みんなが笑ってるな。大成功かな?


 初日はご主人達の失笑を買ったが、エミリーはそれには気付かない。


「じゃ、私達もご飯食べようか」


 女中はエミリーを含めて五人。皆で一緒に賄いを食べる。皆明るくよく喋る、エミリーはすぐに打ち解けた。


「エミちゃんは元気だね。冒険者なんだって? 外の世界はこことは全然違うのかい?」

「うん、船で出たとこのルナポートってとこでも全然ご飯違ったよ! ここのご飯も凄くおいしいけど種類が違うかな!」


 皆この島を出た事は無いらしい。

 特に制限はされていないが、大陸に行く用事も無いのだと言う。


「ねぇねぇ、ランさん、この里にはギャンブルってあるの?」

「ぎゃんぶる?」

「お金賭けて遊ぶの!」

「あぁ、賭博とばくかい? なら賭場とばがあるよ。サイコロ賭博が人気みたいだね。エミちゃんそんなもんに興味あるのかい? 意外だね」

「ここから近い?」

「そうだね、そこまで遠くはないよ。また地図書いて渡してあげるよ」

「ホントに? ありがとー!」


 ――やった!  トバだって! お休みもらったら行ってみよう!

 

 この里の風呂は、大陸の風呂とは違った意味で落ち着く。浴槽の木の香りに、リラックス効果があるのだろう。

 いつもは、女中二人ずつで入るようだ。エミリーはランとスイという女性と三人で入る。


「ランさん、おっぱいすごいね……」

「あぁ、恥ずかしいからいつもは着物で締めてるけどね……」

「スイさんは私と一緒だ!」

「エミちゃん、気にしてることをはっきり言うね……いいなぁランさん。大きい人は大きい人で悩みなんだね……」

 

 複数人で笑いながら楽しく入る風呂。楽しすぎてのぼせそうになる。


 ――明日からはメイファさんと修行だ。頑張るぞ。


 間違いなく、回復術師として更に大きく成長できる。屋敷の生活も、エミリーにとっては楽しいものだった。


 これからの里での生活を想い、笑みを浮かべながら眠りに落ちた。


 

 ◇◇◇

 


 メイファの屋敷の手伝いは、夜だけで良いらしい。まずは朝食を済ませる。


 ラン達が朝食を運んで来てくれた。


「ありがとう! いただきます!」

(エミちゃん、修行がんばってね)


 元気よく返事をしたいところだったが、代わりに大きく頷いた。


「よし、少ししたら準備して玄関で待ってろ。修練場まで歩いていくよ」

「はい! 分かりました!」

「言葉遣い良くなってきたな」

「うん、ありがとう!」

「……」

 


 屋敷から修練場はそう遠くない。

 メイファはエミリーの前を無言で歩く。だが、エミリーの緊張が増す事は無い。


「よし、始めるか」

「よろしくお願いします!」

「本当に元気がいいなお前は。さて、回復術と治療術の違いは、昨日里長から聞いた通りだ。昨日、練気術で気を練ったな? その練気に回復用に変換した魔力を更に練り込む。それを対象に纏わせて治療する。やってみろ」


 そう言って、メイファは腰の刀を抜き、自分の腕を切り付けた。


「えっ、大丈夫!?」

「そう思うなら早く治療してくれ。先ずは昨日の様に気力を練って両手に集めろ」


 全身の気力を感じて、気を練る。


 ――早く血を止めなきゃ。丁寧に丁寧に、両手に集めるんだ。


「よし、回復用に変換した魔力を更に練気に練り込め」


 ――んー難しいよこれ!

 

 練気に魔力を練り込もうとすると、途端に不安定になる。 

 そして弾け飛んだ。


「メイファさん…… これ難しいね……」

「あぁ、ここが最難関だ。もう一度言うぞ。練気に回復用に変換した魔力を練り込み、対象に纏わせて治療だ」

「練習あるのみだね!」

「あぁ、その通りだ。出来るまで繰り返すことだ」

「でも、メイファさんの傷が……」


『治療術 再生』


 一瞬でメイファの傷が跡形もなく治った。

 回復術の治癒速度と比べ、体感で倍以上早く感じた。しかも、効果が数段高い。


「最初から出来るとは思っていない」

「すごっ! 回復術より早く綺麗に治ったよ!?」

「あぁ、里長の話にあったように回復術の上位術だ。その分難易度は上がる」


『強化術 剛力』


 メイファはエミリーに向けて術を施した。


「これを握り潰してみろ」


 ――ん? 石?

 

 投げ渡された石を軽く握ったつもりが、粉々になった。


「え!?」

 

「強化術も同じ要領だ。剛力、剛健、迅速。補助術よりも上位の術だ」


「よーし! がんばる!」


 ――大丈夫、私はもっと強くなれる!

 

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