第12話 龍王謁見


 自らを龍王と名乗る老人は、鋭い眼光はそのままにユーゴの目を見据えてゆっくりと口を開いた。

 

「先ずは……これから話す事を口外せぬと誓え。話はそれからだ」

「分かりました……約束します」


 どんなとんでもない話を聞かされるのか。ただ、そう答える他なかった。


「良し。先程言ったように、シュエンは儂の末の息子、即ち龍族である。50年近く前になるか、この島から出た。その後のあやつの事は儂も知らぬ、それはどうでも良い。始祖四種族は知っておるな?」

「はい。詳しくは存じませんが」

「それで良い、人族の世に出回っておる話は殆ど作り話であるゆえに」


 ――そうなんだ……まぁ、お伽噺だと思ってたしな。


 ユーゴの顔色を伺うように、ゆっくりと話が進む。

 

「始祖四種族の間には子は出来ぬ、それが我々の常識であった。千年ほど前になるか、詳しくは言わぬが、人族が生まれた。そして五百年ほど前、鬼族と人族との間に子ができた。あり得ぬ事だったのだ。その子は、鬼族に壊滅的な被害をもたらした。高すぎる魔力により自我が制御できなかったのだ……。その後は30年ほど前か。魔族と人族の間に子が出来た。今はそやつが各地で暴れ回っておるようだ。そして、次にはお主だ。お主の潜在魔力は龍族のそれではない。見て分かる」


 町のトップの老人が、自分は始祖四王の一人だなどと嘘を言うだろうか。

 そしてユーゴは、史上三人目のミックス・ブラッドらしい。目の前の老人は、その事を心配しているらしかった。


「オレは……父さんと母さんからの愛情を一身に受けて育ちました。自我を失ったことも、破壊衝動に駆られたこともありません。そして今は心から信頼する二人の仲間がいます」


「左様であるか。ならば良い」


 ――えらくあっさりだな……始祖四王がオレの祖父……オレはもっと強くなりたい……よし、駄目で元々だ。


 意を決して龍王の目を真っ直ぐに見つめ、力強く問いかけた。


「龍王様、オレが龍族の血を引いている事は分かりました。先程のお話ではオレの魔力は龍族より高いと……その実感がありません。オレはもっと強くなれるでしょうか……。お願いがあります! 突然訪れた孫ですが、稽古をつけては頂けませんでしょうか!」


 龍王はユーゴを刺すように見て言う。

 

「ユーゴと言ったか。その様子だと、お主は人族として育ったのであろう。突如龍族の血を引いていると告げられてそれを直ぐに受け入れられるのか?」


 ユーゴは自分のルーツを知るためにここに来た。今まで会ったこともなかった黒髪の人が、ここには沢山いる。この話が事実であるらしい事の裏付けはそれで十分だ、受け入れる他ない。

 

「実は、オレがミックス・ブラッドである事は、父さんの置き手紙で知りました。父さんが何者であれ、オレがその子である事には変わりありません。父さんが龍族であるというのが事実であるのならば、オレは素直に受け入れます」


「左様か。我々は、龍族の有事の際にはこの里を守る義務がある。その為の鍛錬だ。お主もその際は命を賭して里を守る覚悟はあるか?」

「オレは……シュエンの息子です。当然です」


 龍王は目を閉じて考えた後、オレを見据えた。


「良かろう。儂自らお主を鍛えてやる」

「本当ですか!? でも龍王様、先程言ったようにオレには盾役、回復補助役の二人の仲間がいます。その二人も修練の機会を与えてやってもらえませんか?」


「我々が龍族である事、お主が龍人であることを、そやつ等に告げぬと約束するなら構わぬ」

「分かりました。約束します」

「儂のことは里長と呼べ。間違っても龍王などとは呼ばぬようにな」

「分かりました。里長」


 少し間を空け、念を押すように龍王が静かに口を開いた。


「万が一、お主が自我崩壊で暴れ出すような事があれば……儂自らがお主の息の根を止めるが、構わぬな?」


 ユーゴはそう言われた意味を理解した。

 ミックス・ブラッドはその異常なまでの魔力の多さから、キャパシティを超えて自我崩壊する可能性がある様だ。それは前例がある事から、誰にも否定は出来ない。


「はい、それは自分の本意ではありません。そうなった時には、よろしくお願いします……」

 

「良し、明日修練場に三人で来るが良い。宿は手配しよう。おい! メイファを呼べ。こやつを鍛冶屋街まで送り届けてやってくれ」


 まさかの四王の一人、龍王との謁見が終わった。

 


 

 龍王クリカラの屋敷から女性の後に付いて歩き、鍛冶屋街の厳つい主人の所に戻ってきた。二人も観光から戻ってきている。


「おう、戻ってきたか。里長に会えたか?」

「はい、貴重なお話を聞かせていただきました」


 今までユーゴの前を無言で歩いていた、真っ直ぐな黒髪を肩上で切り揃えた女性の、鋭い目から放たれる視線が三人に突き刺さる。


「私は里長の次女、メイファだ。診療所の所長をしている」


 続いて鍛冶屋の主人が自己紹介を始めた。

 

「名前言ってなかったな、ヤンガス・リーだ。この鍛冶屋街の代表だ」


 龍王である里長を筆頭に、いきなり里の大物達と話をしている。


「里長自ら、お前ら三人に術を指導してくださる運びとなった」

「え? 里長さんが何でわざわざ私達に?」

「このユーゴが里長の孫だからだ。私の甥にあたる。お前ら二人はこいつの仲間なんだろう?」

 

 トーマスとエミリーが驚いてユーゴを見る。

 

「僕達もいいんですか? 船で術を見て興味があったんです。ありがとうございます」

「明日の朝、修練場に来るように」

「分かりました!」


 メイファがヤンガスに目を移し、高圧的に喋り始めた。

 

「おい、ヤンガス」

「へぃ?」

「お前も明日一緒に来いとの仰せだ」

「俺が!? 何で!?」

「知らん。つべこべ言わずに来い。あと、こいつらを屋敷に泊めてやれ」

「姐さんよぉ! 何で俺ん家なんだよ!」

「お前はシュエンの親友だろう。その子供が遊びに来たんだ。招いてやれ」

「分かったよ……」


 淡々と命令するメイファにヤンガスは一方的に押し付けられ、渋々了承した。


「ヤンガスさんすみません……お世話になります」


 恐縮の面持ちで三人はお辞儀をした。


「里長の命令だ、仕方ねぇ。ヤンでいい、よろしくな」


 いきなりの急展開で驚いたが、とにかく思わぬ形でリーベン島生活が始まった。

 

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