第10話 港町ルナポート
港町ルナポート。
シュエンの故郷だというリーベン島への船が出ている。魚介類の漁が盛んで、漁港にはかなりの船が停泊している。
「うおぉ! これが海かー!」
「僕も初めて見るよ。これが潮の香りって言うのかな」
「とりあえず、船がいつ出るのか確認しようよ!」
漁船の上で作業をしている色黒の男に聞いてみると、一日一往復だけらしく少し前に出てしまっていた。次は明日の昼前に出るようだ。今日はここで一泊する他ない。
「オレ、海の魚が食べてみたいんだ。川魚との違いはどうかな?」
遠くからでも目立つ派手な看板の、一際大きいレストランに入った。船乗りが多いのだろう、色黒の男達が昼間から酒を酌み交わしている。
家族連れも賑やかだ。女性も子供もよく陽に焼けている。
念願の魚料理が運ばれてきた。
白身魚のマリネ、魚のカルパッチョ、魚介のパエリア、見たことも聞いたこともない料理が、テーブルいっぱいに並んでいる。
「これは酒が進むぞ……夜は飲もう」
「んじゃ、いただきまーす!」
三人の顔に笑顔が浮かぶ。
生でも食べられるのは鮮度がいい証拠だ。魚は傷みやすく、街道での輸送はできない。だからここでしか食べられない。
「おいしー! 私このパエリアっての好き!」
「オレは断然カルパッチョだな。ワインがすすみそうだ」
「今まで味わったことない味だね。世界を旅するって本当に楽しいよ」
酒を我慢しつつ、全ての料理を平らげた。
食事を終えてもまだ昼過ぎだ。
「海水浴でもするか?」
「ユーゴ、私の水着姿見たいんでしょ? スケベだから!」
「残念だったな、オレはグラマーな女が好きなんだよ」
「チッ、スケベ野郎」
「だいたい、エミリーはサウナの時に散々見てるだろ」
「あ、そっか」
ジリジリと照りつける陽の光が背中を刺す。波打ち際で足に当たる海水はまだ冷たい。
意を決して飛び込むと、意外にも冷たさは感じなかった。海水浴には適した気温らしい。
川遊びと同様に手足をバタつかせるが、波が押し寄せてうまく泳げない。
「本当にしょっぱいんだね!」
「ん? ホントだ!」
「海で漂流したら飲水無いね。大変だ」
「何言ってんの? 水魔法で作ったらいいじゃん。トーマスらしからぬこと言うね」
「あ、そうか……」
他愛もない会話をしながら海水浴を楽しんだ。
「そういえば、オレら以外一人も泳いでないんだな。シーズンじゃないのか? 」
すると、浜辺の方から声が聞こえた。
「おーい! 君ら危ないぞ! こんな時期に泳ぐもんじゃないぞー! 早く上がりなさい!」
「危ないって言ってるな」
「あのでっかい魚の魔物とかの事かな?」
「仕留めたら売れるかもね」
好戦的なエミリーが、標的に向けて魔力を込めた手のひらを向けた。
『風魔法
小さな手から放たれた風魔法は、海を割って一直線に魔物に飛んでいった。
風穴が空いてプッカリ浮かんできた大きな魚を、三人で浜に向け押して泳ぐ。
「君ら凄いな。冒険者かい?」
「はい、明日リーベン島に向かいます」
「あぁ、その黒髪、フドウの人か」
中年の男性は、ユーゴの髪色を見て合点している。
「フドウ? リーベンじゃないの?」
「え? フドウの人じゃないのか? リーベン島には『フドウの里』っていう町があるんだ」
――フドウの里か、そこが父さんの故郷……。
目と鼻の先に目的地がある。
明日には到着する父の故郷の名を、頭の中で反芻する。
「なるほど、そういう事か。ところで、この魚って売れますか?」
「このサメかい? 肉は臭くて食べられないけど、歯が割と良い値で売れるよ」
この魔物のランクは知らないが、素材が良い値で売れるならCランク程度か。夕飯が少し豪華になりそうだ。
「おじさん、ありがとー!」
「リーベン島行き気をつけてな! 魔物に襲われたりするから」
「そうなんだ……」
もう少しすると海水浴のシーズンに入るらしく、サメなどが入れないようにバリケードを設置してから海開きをするらしい。なんとか海水浴を楽しめはしたが、ユーゴのもう一つの目的は、水着のお姉さん達を拝む事だったが仕方ない。
夜はサメの歯を売ったお金で、昼間より豪華に宴会をした。お気に入りのカルパッチョを白ワインで流し込む。
「リーベン島はどんな料理が食べられるのかな」
「そもそもどんな町なんだろうね。島って独特な文化を築いてそうだ」
「島でちょっとゆっくりしたら次の旅のプランも立てないとね! 最近強い魔物と戦ってないから、腕なまっちゃうよ!」
「確かに、Aランクの目標クリアして、お金もあるから欲が無くなってたかもな。リーベン島で強い魔物に会いに行くのも良いかもな」
美味い魚を堪能しながら、ほろ酔いでワインを飲み進める。
明日にはリーベン島。
――オレのルーツがその島に……。
父親は始祖四種族かもしれない。
置き手紙の内容が、頭の中を回る。
「ユーゴ、どうかした?」
俯き加減にワイングラスを回しているユーゴに、トーマスが声を掛けた。
「あぁ、いや、なんでもない。話は変わるんだけど、二人は始祖四種族を見た事ある?」
「僕はノースラインで魔族は見かけたよ。真っ赤な髪の毛が凄く目立ってたね」
「私も魔族と……仙族には会ったことあるかな。
ゴルドホークで他種族を見かける事は無かった。他の町で生まれた二人は、さも当たり前のように答えた。
「そうか、オレはつい最近まで御伽話だと思ってたよ」
「私も小さい頃はそう思ってたな」
気付けば三人でワインを三本空けていた。
「明日はゆっくりだけど、もう出るか」
明日は昼前に出る船に間に合えばいい。良い感じに酔いも回り、店を後にした。
ホテルを選ぶのも面倒だ。
レストランを出て一番近い寝床にチェックインし、ゆっくりと旅の疲れを癒した。
◇◇◇
冒険者の朝は早い。
遅くまで寝過ぎると体が動かない。早起きが体に染み付いている。二日酔いの日以外の話だが。
魚をふんだんに使った朝食を腹いっぱい平らげて、紅茶をゆっくりと楽しむ。
船出までは少し時間があるが、早めに船着場まで移動した。
「すみません、フドウの里は大陸の通貨で問題ないんですか?」
「あぁ、フドウもブールに統一されたのは大昔の話だ、問題ないよ」
「あー!!!!」
「どうしたエミリー!?」
突然エミリーが素っ頓狂な叫び声をあげた。
「ボートレース忘れてたー! ブールで思い出したー!!」
そう言えば、ルナポートといえばボートレースだと楽しみにしていた。
「美味しい魚と楽しい海水浴で忘れてた……ギャンブルを忘れるなんて……エミリー一生の不覚……」
「リーベン島から帰るときは絶対ここに寄らないといけないんだから。次は少し滞在しようよ」
「うん……そうしてくれると嬉しい……」
エミリーの落胆ぶりは相当なものだった。
リーベン島にもギャンブルはあるさ、と二人が慰める。
無事に船に乗ることが出来た。
大型ではないが、割と立派な船だ。数人だが黒髪の人もいた。父親以外で初めて見る。
昼過ぎには着くようだ。
ホテルで軽食を買ってきている。それを食べようと思った矢先の事だった。
突然、船が大きく揺れた。
「なんだ?」
船のすぐ近くに、大きなシードラゴンの首が現れた。
「魔物だ! 行くぞ!」
「下がってろ」
後ろからの声で振り返る。
声の主は黒髪の青年だ。
『風遁
途轍もない風切り音と共に、無数の風の刃が放たれ、シードラゴンが一瞬で斬り刻まれた。
それを確認することなく、青年は何事も無かったように操縦室へと戻っていった。
「すっご……なに今の魔法……」
「ふうとん、て言ってたな」
「おそらくリーベン島の戦闘方法なんだろうね……習得したいもんだ」
その後は何事もなく船着場に着き、島に上陸した。
「ユーゴやシュエンさんみたいに、みんな髪が黒いね」
「本当に父さんの故郷なんだな。この光景を見たら間違いないなって思うよ」
「ここはどんなギャンブルがあるかな」
当面の目的地、リーベン島に到着した。
【第一章 旅立ち 完】
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