第9話 辛い過去


 レトルコメルス滞在三日目の朝。明日の朝には出発する予定だ。

 今日は、旅の支度をするために朝食を済ませて三人で出かけた。


 先ずは、ここに着く前に得た戦利品の売却。

 エミリーの空間魔法は無限ではない。まだまだ余裕はあるらしいが、空けておくに越したことはない。魔物の牙や皮、魔石等を売却すると、結構な金額になったので三等分した。


 次は買出しだ。

 野菜は本当に重宝した。料理の幅が広がるうえ、同じ肉でも飽きない。

 スパイスもそうだ。交易都市だけあって、珍しいスパイスがたくさん並んでいる。

 ユーゴは今トーマスに弟子入りして、野営と料理の修行中だ。こういう買い物でも知識を増やせる。エミリーはもちろん興味なしだ。


 革鎧の下には少し値は張るが、絹に魔物由来の特殊な素材を練り込んで伸縮性を持たせた服を着込んでいる。三人とも詳しくは知らないが、練り込まれているのは、蜘蛛系の魔物の糸だと聞いたことがある。吸水性と放湿性に優れ、夏は涼しく冬は暖かい、最高の素材だ。この服を洗い替えで三枚づつ新調した。


 スボンに関しては好みだ。

 ユーゴは、ブラックデニムに伸縮性を持たせたタイトなスボンを履いている。動きやすく丈夫で気に入っている。トーマスもデニムパンツを好んで履いている。

 エミリーは素足だ。ショートパンツに脛当てで、怪我をしても回復すればいいという考えらしい。冬は防寒するようだが。


 買出しが終わった。

 レトルコメルス最後の夕飯は豪華に。少しのお酒で鋭気を養う。


 

 ◇◇◇

 


 ホテルの朝食にもお世話になった。

 ビュッフェ形式で本当に美味しかった。


 さぁ、出発だ。

 次はここから街道沿いを南東に進み、港町ルナポートを目指す。十日ほどの道のりだ。


「いやぁ、いい街だったな。苦い思い出はあるけども……」

「僕も満喫できたな。料理とお酒が本当に美味しかった」

「私もカジノ楽しかったー! ルナポートといえばボートレースだよ! 楽しみー!」


 エミリーはあれからまた少し取り返し、ここでは珍しくそこまで負けなかったようだ。機嫌が良くていい。

 

 道中時々出くわす馬や鹿の魔物を倒し、トーマスに解体の方法を伝授してもらう。冒険者として魔物の解体方法は学んでいるが、トーマスの技術はレベルが違った。

 レトルコメルスで、解体用のナイフを選んでもらっている。


「トーマスは野営とか料理の技術は誰に教わったんだ?」

「うん、僕ノースライン出身って言ったけど、正確に言えば、ノースライン管轄の山岳地帯の出身なんだ。標高が高くて冬は雪で動けなくなるから、雪が降る前に狩りをして冬支度をするんだよ」

「なるほど、生活の一部なんだな」

「うん、野営や狩り、解体は父さんに、料理と肉の加工なんかは、母さんから教わったんだ。兄妹でも一番上だったからね、毎日忙しかったけど充実してたかな」


 それを聞いて、トーマスが頼りになる理由が分かった。


「家族は山に残して旅に出たのか?」

「いや、家族は全員亡くなったよ。家族だけじゃない、僕は民族の生き残りなんだ」

「へっ……?」


 思いもしなかったトーマスの言葉に、ユーゴは目を見開いて間抜けな声を漏らした。

 

「僕が一人でノースラインに行ってるときに、突然火山が噴火したんだ。千年以上噴火してないうえに、その兆候すら全くなかったのにね。粘度の低い溶岩が、一瞬で村を飲み込んだよ。戻ったときには村は固まった溶岩の下だった。家族の遺品も何もないんだ、それが六年程前になるかな。この赤茶色の髪の毛も多分僕だけなんだ。うちの民族特有の色だからね」

「そうだったのか……ごめん、辛い事思い出させたな……」


 軽く俯き謝るユーゴに、トーマスは微笑を浮かべ手を振った。

 

「いやいや、自然が相手だからね。今は受け入れて、家族から受け継いだこの技術で生きていくって決めたんだ。だから冒険者になった」

「やっぱりトーマスは強いな。オレもその技術に感謝して学ばせてもらうよ」


 いつからいたのか、エミリーが近くの岩に座っていた。


「みんな辛い過去の上で生きてるんだよね。仲間三人で助け合って行こうね!」

「うん、ありがとうエミリー」

 


 ◇◇◇


 

 二日後の夕方。


「おっ、やっと水辺を見つけたな」

「ほんとだね、ちょっと早いけどここで野営しようか」


 川の流れが緩やかだ。水鳥が優雅に水面みなもを移動している。


「水浴びでも寒くはないけど、やっぱりお湯が恋しいね」


 河原の小岩に腰掛けたトーマスが嘆いている。


「ふふふ。エミリー君、では例のものを出してくれるかい?」

「むふふ。分かったよユーゴ君」


 エミリーの空間魔法から新品のテントを出してもらい、二人で組み立てる。

 四角いテントを川の側に張った。


「あれ、新しいテント買ったんだね。でもこれ、天井に穴空いてるけど……」


 加工金属製のストーブを中に入れて、煙突をテントの穴から出し、ストーブの上には火成岩を並べる。中には木製のベンチを置いた。


「ユーゴ、これはまさか……」

「そう、テントサウナだ」

「休憩のリクライニングチェアもちゃんとあるよ!」


 大きく口を開けて目を見開き、珍しくトーマスが嬉しさを全面に出している。


「不銹鋼製のストーブだ。熱に強く錆びにくい。サウナだけじゃなく、鍋の加熱にも使えるし暖もとれる」

「毎日サウナに入れるじゃないか! すばらしい!」

「ストーブに火入れするから、二人は寝るテントと夕飯の用意を頼めるか?」

「「了解!」」


 ユーゴは額の汗を拭いながらストーブに火を入れる。テント内の温度は急上昇、バケツに水を汲み、三人で水着に着替え、テント内に入った。

 たっぷり汗をかいて川にダイブ。エミリーにいたっては泳いでいる。


 先に男二人、リクライニングチェアで休憩だ。


「やっぱり最高だ……」

「オレらバカンスに来てるんだっけか……?」


 遅れてエミリーが椅子にもたれ掛かり、深く息を吐く。


「ほんと、こんな気持ちいい事あるんなら、早く教えて欲しかったよ!」


 しばしの休憩。

 緩やかに流れる川のせせらぎ、時折聞こえる野鳥のさえずり。サウナの高温で高まった鼓動が徐々に落ち着きを取り戻し、旅の疲れが癒される。

 魔物に襲われる危険もあるが、この気持ち良さには代えられない。その時は戦うまでだ。


「さて、夕飯に火を入れるか」

「お腹すいたー」


 皆で立ち上がった時、ユーゴが違和感を感じた。


「あれ? エミリーこっち向いてみて?」

「ん、どうしたの?」

「やっぱりだ、片目が青いぞ?」

「本当だ、青いね」

「えっ……い…やっ……」

「ん?」

「いやっ……いやだ……」

「おいおい、どうした?」


 エミリーの目があちこちに泳ぎ始め、青ざめた顔は次第に恐怖に染まっていった。


『いやぁーッッ!!』


 エミリーはその場にしゃがみ込み、頭を抱えて震え出した。


「おい! 大丈夫か!?」

「だめだ! 過呼吸起こしてる!」


 パニック状態のエミリーは、そのまま気を失った。

 


 ◇◇◇

 


 リクライニングチェアにエミリーを寝かせて、薄い毛布を掛けている。呼吸は落ち着きを取り戻し、穏やかに眠っているようだ。

 少しすると、目を覚ました。


「エミリー、大丈夫か?」

「あぁ、気失ってたんだ。ごめんよ、ありがとう」

「いや、無事で良かった……」


 エミリーは体を起こして座り直した。

 二人に背を向け、右目に何かを入れている。


「見られちゃったね……二人が察した通り、私はこの青い眼を隠して生きてるんだ。色付きのレンズを入れてるんだけど、川で取れちゃったみたい……気をつけないと。前に、過去の事はあまり話したくないって言ったよね? 二人を信用してないから言いたくないって事じゃないんだよ……どう話せばいいか分からないだけなんだ……」


 少し沈黙が流れる。


「エミリー、オレたちは仲間だ。言いたいことは言ってスッキリすればいいし、言いたくない事は言わなくていい」

 

「エミリー言ってくれたよね。みんな辛い過去の上で生きている、仲間で助け合おうって。それでいいじゃないか」


「うん……ありがとう……」


 エミリーはこぼれた涙を右手で拭って立ち上がった。


「よし、ご飯食べようか! いつ起きてもいいように、じっくり煮込んだから美味しいよ!」


 美味しい食事で、徐々にエミリーの顔に笑顔が戻った。


 

 その後も順調に歩をすすめ、レトルコメルスを出て11日。

 港町ルナポートに到着した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る