第8話 探偵トーマス
ユーゴが店を出ていくのを見ていると、エマが黒服に耳打ちして悪い顔で笑った。
店内の客は少ない上に、音楽がかかっている訳ではない。二人がヒソヒソ話している声は、ある程度聞こえた。これは危険な匂いがする。
エマが振り向いた時に目が合った。
――警戒されたか。
「トーマス君? 何か考え事?」
「あぁ、いや、何でもないよ。連れが帰っちゃったからね。見てただけ」
「そっか。トーマス君もAランクの冒険者なの?」
「うん、そうだよ。もう一人いるんだけどね」
「ユーゴ君と一緒で三日くらいここに居るの?」
「そうだね」
(トーマス君の部屋に行きたいな……)
まさかのユーゴの時と全く同じパターンで来た。なんの脈絡もなく部屋に行きたいと言う。
――この子はバカなんだろうか。警戒しない方がおかしい。
さて、どうするか。
高ランクの冒険者である事を確認していた。お金もそうだが、それよりもユーゴの刀が心配だ。
すぐに帰ってホテルの前で出てくるのを待つか。いや、さっきので警戒されてたら裏口から出ていく可能性もある。裏口で待っていたらそのまま正面から……。
トーマスは頭の中で様々な可能性を思案した。
――分からない……。
隣に座る女を泳がして拠点を抑える事にした。元締めが居るとしたら、ここからそこまで遠くないだろう。
――ここから近い場所は……。
「残念だけど、実は僕これから友人とカジノで待ち合わせしてるんだよ。ジェニーちゃん、道が分からないからそこまで案内してくれないかな? デート代ははずむからさ」
「うん、いいよ! 行こっか」
支払いを終え、黒服の丁寧な礼に見送られて店を後にした。
ジェニーの案内でカジノを目指す。組んだ腕に大きな胸が当たっている。トーマスも男だ、嫌な気はしない。
「カジノはここだよ!」
「ありがとう、助かったよ。これ、お礼ね」
そう言って、割と大金を手渡した。楽しかったのは間違いない。これだけ渡せば元締めの所に一度お金を預けに行くだろう。
カジノに入ったふりをしてジェニーの後をつける。全く警戒する素振りは無く、立派な屋敷に入っていくのを確認した。
少し待っていると、彼女はまた客引きに向かったようだ。その建物を確認する。
――
すぐにホテルに戻り、前で待ち伏せた。
エマは出てこない。もう既に中にいないか、裏口から出たか。普通に楽しんでいる可能性もある。部屋に突撃は出来ない。仕方ない、拠点は抑えた。
部屋に戻って軽くシャワーを浴びる。
一週間ぶりのベッドだ。疲れも相まって泥の様に眠った。
◇◇◇
美味しい料理に美味しいお酒、フカフカのベッドでの睡眠、素晴らしい朝だ。着替えて、ホテルの朝食に向かう。少し早いがユーゴが心配だ。
フロントロビーを通ると、ユーゴとエミリーが並んでうなだれていた。
「二人共……何してるの……?」
「全財産の三分の一持っていかれちゃった……」
エミリーは分かる、いつも通りだ。
問題のユーゴに目を移す。
「睡眠薬盛られた……起きたら手持ちのお金が全部無かった。いや、それはいい、刀が無いんだ……追うにも手掛かりが無い、父さんに会わす顔がない……」
予感は当たった。間に合わなかったか、裏口から出たか。
「恐らくだけど、場所は分かるよ」
「本当か!?」
「あぁ、案内するよ。まだ早朝だ、刀が売られてるって事も無いだろ」
そう言うと、ユーゴの表情がみるみる怒りに染まっていく。いや、ユーゴも悪いのだが。それを言うのはよそうと口を噤む。
ホテルから少し歩き、昨晩確認した娼館にユーゴを案内する。
大きな屋敷の入口には、二人より頭一つ分近く大きい屈強なスキンヘッドの厳つい男が立っている。ユーゴは少しも歩を緩めず、そのまま男の前に立った。
「おい、エマはいるか?」
ユーゴが見上げる格好で、意外にも冷静に大男に尋ねた。
「なんだテメェ、エマに惚れたか? あいつはオメェみてぇなガキ……フゴォ……!」
大男の口からエマの名が出た途端、ユーゴの怒りのボディブローが大男の脇腹に突き刺さった。拳には目に見えるほどの気力を纏っている。
このバカのお陰で、ここが元締めであることは確定した。
「テメェ! いきなり何しやが……ブベラッ……!」
「エマの所に案内しろ。殺すぞ」
こんなユーゴを初めて見る。
努めて冷静に、大男をボコボコにしている。
「言う! 言うから止めてくれ!」
「オレは案内しろと言ったはずだが?」
「分かった! 分かったからとりあえ……ブッ! 殴るのを止めてく……ベッ!」
彼の中に強い怒りと冷静さが同居したら口調が変わるらしい。このモードのユーゴには気をつけようと心に誓う。
大男は、渋々屋敷内に向けて歩き出した。
「分かってるだろうが、おかしな事したらマジで殺すぞ」
「しませんて……!」
「ここだ……です……」
三階の最奥の部屋だ。
ユーゴは豪華な扉を蹴り飛ばした。
『バァーン!』
いや、蹴り飛ばしたというより『蹴り砕いた』という表現のほうが近い。一応、レディに怪我をさせないための配慮だろうか。冷静だ。
中には、エマと中年の男性が寝ていた。高価そうな紳士服が壁に掛かっている。
「おはようエマ。昨日は世話になったな」
二人は突如訪れた恐怖により、声の出し方を忘れたようだ。丘に上がった魚のように、口をパクパクさせている。服を着ていない事を忘れているのか、おっ広げだ。
「今から君に選択肢を与える。どちらでも好きな方を選ぶといい」
そう言いながら、ユーゴはエマの目を凝視しつつ、ゆっくりと近づいた。
「まず一つ目。入口の扉の様に、その綺麗な顔を蹴り砕かれるか、オレの刀を返すか。選べ」
エマは恐怖で引き攣った顔を横に振り、震える手で部屋の隅の衣装部屋を指差した。
トーマスがそのドアを開けると、後でまとめて売りに出そうとしたのか、買取に来させようとしていたのか、武具が多数入っている。
ユーゴの刀も無事だった。無造作に置かれた刀を拾い上げ、ユーゴに手渡した。
高ランクの冒険者は金を持っている。持ち合わせがなくても武具が高く売れる。だから部屋に行って盗みを働く。
滞在期間も聞いていた。ほとぼりが覚めるまで、この娼館で金持ちの相手をして過ごそうという魂胆だろう。
ユーゴは刀を鞘から抜き、切っ先をエマの胸辺りに向けた。
「二つ目だ。その自慢の乳を切り落とすか、昨日の金を返すか。選べ」
エマは綺麗な顔を涙と鼻水でグチャグチャにして、急いでお金を差し出した。
「これからは、冒険者を食い物にするのはやめた方がいい」
ユーゴは受け取ったお金の中から、少しベッドに投げた。
「ドアの修理代と昨日のお代だ。普通に楽しめてたら、この金全部あげても良かったんだけどな。まだ若いんだろ? 早めに足洗った方が身の為だと思うけどな。まぁ、オレには関係ないけど」
そう言い捨てて部屋を後にした。
エマの敗因はただ一つ、周りがバカばかりな事だ。
エマもエマだ。その都度名前を変えても良さそうなものだが、そこまで器用でもないのだろう。
「トーマス、ありがとう」
「問題ないよ」
娼館を出て少し歩くと、ユーゴは振り返って腰を深く曲げた。
「トーマス、本当にありがとう。オレ浮かれてたよ、初めての旅で楽しくて。武器を盗られるなんて冒険者失格だ、気を引き締めるよ。これ、取っといてくれ」
再度深々と礼をして、さっき取り返したお金をトーマスに差し出した。
「いいよそんなの。返ってきて良かったじゃないか」
「いいや、昨日の夜動いてくれてたんだろ? 自分の楽しみを捨ててまで、オレの刀を守ってくれたんだ。こんなものじゃまだ足りない」
こうなったらユーゴは絶対に引かない事を、数年の付き合いで知っている。
「分かったよ、受取る。でも、礼はこれで十分だ。僕がピンチの時は助けて欲しい。それでいい」
「もちろんだ!」
一件落着した。
ホテルのロビーに戻ると、まだエミリーはしょげている。
「刀戻ったんだね。トーマス、私のお金も取り戻してよ……」
「エミリー、それは無理だよ……」
豪華な朝食を楽しみ、各自一日ゆっくり過ごした。
エミリーは、スレイプニルレースとカジノである程度取り戻したらしく、次の日には機嫌が直っていた。
「ここで無一文になると思ったけど、今回のエミリーはなかなかしぶといな!」
「これからは、泣き虫スケベ野郎のしょげてる姿を見るほうが多くなるだろうね!」
「クッ……何も言えねぇ……」
キャハハとエミリーが笑っている。
手が焼けるが、この二人と旅をするのが本当に楽しい。二人と出会えて本当に良かったと、トーマスは心からそう思った。
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