第4話 ロックリザード

 

 いつまでも狼狽えている場合ではない。各自、武具を手に持ち戦闘態勢を整える。偶然出てきたとは言え、暗い坑道内での戦闘ではないのが救いだ。

 

 トーマスは左手のカイトシールドに気力を込め、守りを固める。敵を誘導し引き付けて、味方が安全に攻撃できるようにするのが盾役の仕事だ。

 ロックリザードの敵意は、全てトーマスに向いた。

 

 ユーゴは刀の柄を両手で握り、火属性に変換した魔力を込める。魔力の乗りが今までの剣とは段違いだ。


『魔法剣 炎の破斬ブレイズブレイク!』


 火属性の斬撃を、ロックリザードに向けて放った。

 敵の意識は完全にトーマスに向いている。不意をついた攻撃だ、まともに当たった。

 が、体皮が少し焦げただけだった。


 火が駄目なら次は風だ。


『魔法剣 風の斬撃ウインドスラッシュ!』


 横薙ぎで風属性の剣風を飛ばす。

 次は警戒していたか、防御された。前評判通りの硬さだ。


 トーマスは、ロックリザードの鋭い爪の猛攻を正面から受け止め続けている。流石はAランクの魔物、さすがに押されて傷が増えていく。


「エミリー! サポート頼むぞ!」

「準備できてるよ!」


 エミリーは杖を構え、トーマスに向けて術を掛けた。


『回復術 ヒール』

『補助術 ロバスト』


 トーマスの傷が、淡い光と共にスーッと消えていく。補助術により防御力が増す。


「ユーゴ! 刀は『斬る』もんだよ!」


 敵の猛攻を防ぎながら、トーマスが叫んだ。


 父親にも言われた事だった。

 刀の斬れ味は、気力の扱いでさらに増す。


「すまん! 魔法剣にこだわりすぎた!」


『補助術 ストレングス! クイック!』


 エミリーの補助術が、ユーゴの力と素早さを底上げする。

 敵はパワーはあるが鈍重だ。真横から斬り掛かると、高い金属音と共に硬い鱗に弾き返された。文字通り歯が立たない。

 

 刀に、薄く薄く丁寧に気力を纏わせながら、トーマスの後ろからロックリザードを観察する。

 大きさは、トーマスの1.5倍くらいか。 

 よく見ると、首の下あたりからベストを着ている様な隙間が見える。


 ――あそこだ!

 

 右手に刀を持ったまま、左手に魔力を込めた。


『風魔法 空気砲エアキャノン!』


 下から風魔法でロックリザードのアゴを跳ね上げ、仰け反ってガラ空きの胸元に向けて思いきり地面を蹴り、トーマスの頭上を越えて斬りかかった。

 技名など無い、渾身の力で振り下ろす。


「ぬォォォーッ!!」


 刀の柄を強く握り締めた両手に、確かな手応えが伝わる。ロックリザードは、胸から真っ二つに裂けて倒れた。


「おいおい……恐ろしいほど切れるな……」


「ユーゴは魔法剣士だと思ってたけど、これからは剣技メインの方がいいかもね」

「Aランクおめでとー! 報酬ゲットー!」


 ロックリザードの体皮を処理していると、拳大の魔石が足元に転がった。Bランク以下の魔物からも魔石は出るが、ここまで大きい物を見るのは初めてだった。

 

「ねぇねぇこの魔石、私の杖に使っていい?」

 

 魔石は主に魔法具などの動力に使われ、人の生活に欠かせない。また、魔法等の増幅効果もあるため、術師の杖にも使われる。

 ユーゴも魔法を扱うが、刀に付ける訳にもいかない。


「オレは構わないよ」

「僕も構わない」

「ありがとう! 古い魔石は皮と一緒に売ろうか」

 

 倒した魔物は、角や牙、体皮等の素材を採取してから火魔法で火葬する。死骸をそのままにしておくと不衛生なのもあるが、主な理由は魔石などの取り残しを防ぐ為だ。全てを焼くのは難しいがそのままよりは良い。

 

 三つの袋いっぱいに戦利品を詰めて持ち帰った。

 これで晴れて三人はAランクの冒険者だ。

 

 

 ◇◇◇



「ほらよ、報酬の30万ブールだ。魔石の交換と防具用の体皮を差し引いてもこの量だ。割と大型のロックリザードだったな、減額は無いよ」


 報酬の内訳は主に、依頼達成報酬と魔物の牙や体皮、魔石等の売却額で決まる。王国内の一般労働者の平均年収が約5万ブール。三人で分けても二年分の収入だ。常に死と隣り合わせな分、報酬は大きい。

 Aランク報酬はBランクと比べて五倍ほどになった。


「一人10万ブールだな。エミリーは鍛冶屋立て替えの分引いとくからな」

「無一文からの脱却だー! さすがAランク、多いね!」

「こんな大金持ち歩くの怖いな。銀行に行ってからご飯に行こうよ」

 

 ゴルドホークの銀行は町の中心部にある。競馬場の近くにある事に意図的なものを感じるが、それはギャンブルをしない二人には関係の無い話ではある。

 ウェザブール王国内であれば、どこでも入出金できる。当面の生活費だけ持ち歩いて、あとは銀行に預けるのが普通だ。


「魔力認証をお願いします」


 窓口の女性に促され、目の前の金属板に手を置き魔力を注ぎ込む。

 

「ユーゴ・グランディール様ですね。お預かり致します」


 一人として同じものは無い魔力を、認証に利用するシステムだ。


「おいエミリー。せめて半分は預けとけよ」

「嫌だね! いちいち下ろすの面倒くさいし」

「もう絶対奢らねーからな……」

「まぁ、とりあえずご飯に行こうか」


 ギルドにいる冒険者達は、彼らがAランクの試験を受けに行った事を知っている。

 併設された酒場での祝勝会は考えられない。他の冒険者のプライドを逆撫でする恐れがあるからだ。無駄に絡んで来るやからがいる事は、数年の冒険者生活で身に染みて理解している。


 少し高級な酒場ヘ移動し、まずはキンキンに冷えたビールをオーダーした。

 

「Aランクおめでとー! カンパーイ!」


 エミリーの音頭で、ジョッキを高い位置で合わせる。

 冒険者の証明カードをテーブルに並べ、額面に新たに加わったAの文字を眺めながら、三人は脂っこい食事をビールで流し込んだ。


「とりあえず、半月くらいゆっくりするか?」

「そうだね、もうこの町を出ても良いけどどうする?」

「じゃあ、二週間で荷物まとめて住処の手続きも終わらせとくか。オレはこの町出るの初めてなんだよ、寂しさもあるけど楽しみだな」

「分かったよ! ここのスレイプニルレースも賭け納めか……」


「じゃあ、二週間後の朝にギルドに集合な!」


 今日の勝利と、今後の期待を肴に夜更けまで酒を楽しんだ。

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