第一章 旅立ち
第1話 二人の仲間
庭は手入れが行き届いていないとはいえ十分に広い。父から受け継いだ刀を振るう日々を過ごした。
今まで使っていた両手剣とは勝手が違うが、何せ父からは何も教わっていない。今まで通りに刀を振るう他なかった。
刀を腰に携え、家を出る。
この春雪と共に、冒険者として生きていくと心に決めた。
今日も朝から屈強な男達とすれ違う。薄汚れた作業着を身に纏い、仕事道具を携えた男達は数人単位で山の方へと消えていく。
ここ、ゴルドホークは鉱山で栄えた町だ。北東に広がるオズガード鉱山は、金の採掘で財を築いたオズガード家が管理している。
今は鉄鋼などの採掘が主だが、稀に金が出るようだ。その為、この町は一攫千金の夢を追う者たちで賑わっている。オズガード家に幾らか支払えば誰でも夢を見ることができる。鉱物が売れるのでそこまでの損はない。
そんな美味しい話にはもちろん危険も伴う。稀に強力な魔物に襲われる事がある為、冒険者ギルドの依頼の殆どは鉱員の護衛や鉱山に住み着いた魔物の討伐だ。
クロスした剣に牙を剥いた獅子。冒険者ギルドのシンボルマークを目指す。
ただ、今日用があるのはギルドに併設された大衆酒場だ。賑やかな笑い声が外まで響いている。
建付けが悪く、不快な音が響く入口扉を押し開けると、厳つい男達の視線が注がれるのは毎度の事。Bランク冒険者でも上位のユーゴは、若くても一目置かれた存在だ。直ぐに男達の目線が逸れる。
酒場の中を見回し、奥のテーブルでティーカップを傾けている男に声をかけた。
「トーマス、久しぶりだな。待たせたか?」
「やぁ、久しぶりだね。僕もさっき来たとこだよ」
トーマスと呼ばれた青年は、ユーゴと同い年の18歳でBランクの冒険者だ。
特徴的な赤茶色のストレートヘアを左右に分けている。少し目尻の垂れた柔和な表情をユーゴに向け、微笑んだ。
背はユーゴと変わらないが体格がいい、片手剣と盾でパーティーを守る盾士だ。
「オレ達の姫様はまだ来てないか?」
「いや、数日見てないね。受付のおじさんもここ最近来てないって言ってたよ」
「って事は、伝言も伝わってないか……」
数日前に、冒険者ギルドの受付カウンターに伝言を言付けていたが、来ていないのなら伝わりようがない。
「いつもの所に居るんじゃない?」
「そうだろうな……行ってみるか」
コーヒーをグイッと飲み干したトーマスと外に出る。目指す場所はそう遠くない。
町の中心地にある競馬場。
Cランクの馬の魔物、スレイプニルを調教して走らせる。厳密に言えばスレイプニルではなく、馬との交配に成功した人を襲わない魔物だが。
八本脚の馬のスピードレースは、この町の数少ない娯楽の一つだ。ギャンブラー達の怒号にも似た歓声が、外にいても聞こえてくる。
「ここにいるはずだよね、どこかな」
「隅っこで廃人になってるやつがいたらそうだろ」
見渡すと、馬券売場の隅で膝を抱えてしゃがみ込んでいる女を見つけた。
「おい、またやられたのかよ」
顔を上げた女は、目に涙をいっぱいにためて言う。
「ユーゴ、お願い……ご飯奢って……もう丸二日何も食べてないの……」
「またかよ……お前もうギャンブル止めろ。向いてないって。何回言わすんだよ!」
三人の行きつけの食堂。
目の前の女は、二日ぶりの食事に泣きながらかぶりついている。
「飯が食えなくなるまで金つぎ込むって、どんな生活してんだよ……」
「私の生き甲斐なんだ。口出さないで欲しいね!」
「お前……恩人になんて口の聞き方だよ。よし決めた。もう奢ってやらねー」
「いや、ごめんなさい。またお願いします」
「負ける前提で話するなって言ってんだよ!」
「ははっ、エミリーは探しやすいからいいよ」
このギャンブル狂いのエミリーは回復術師。背が低く、クリっとした二重の目が印象的だ。少しウェーブがかった栗色の髪が可愛らしい。
私生活は散々だが、ユーゴ達と同じBランクの冒険者だ。年齢もそう変わらないだろう。
「ふー! 食べた食べた! 今朝たまたまクローゼットから出てきた100ブールをスッた時には、さすがの私も絶望したね」
お腹をさすりながら、にこやかにそう言い放つエミリーに、二人は冷たい視線を送る。
「普通の思考能力の持ち主は、その金で飯食うんだけどな……」
エミリーは少しも意に介さずに言葉を続けた。
「で? 何か用があったんでしょ?」
「あぁ、トーマスも聞いてほしい」
生き返ったエミリーを待って、話を切り出す。ユーゴの目が真剣になると、二人の緩んだ顔が引き締まった。
「そろそろAランクを目指さないか?」
「うん、もう僕たちもこなせる頃だろうね」
「Aランクって言ったら報酬も良いんでしょ? 私は文句無いよ!」
二人も現状に満足はしていなかった様だ。ユーゴの提案に賛成した。
「よし。そうと決まれば、まずは武器と防具の整備だ」
エミリーの顔は、さっきまで泣いていたのがウソのように晴れ晴れとしている。
腹を満たした三人は、鍛冶屋街へと歩を進めた。
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