第四十八話 凱旋
オーストラリアが単独講和に応じると決めてから一週間と経たずに連合艦隊は内地への帰還が命じられた。
オーストラリアとの講和は国民にも広く知れ渡っているからその立役者となった艦隊を凱旋させるつもりなのだという。
そして損傷が激しい艦の修理も行わなければならなかった。
扶桑もその中の一隻だ。
戦いで破壊された箇所を自らの目で見て回っていた新堀は、船務長と共に艦の後ろ側を確認していた。
四番砲塔はシドニー沖での空襲の際に自爆機が突入してきたことでその周囲を黒焦げにしていた。砲塔そのものは無事だったが細部の艤装は破壊されており応急処置として布が被せられている箇所が多かった。
「やはり四番砲塔はだめです。バーベットが歪んでいて旋回させる事ができません。これを直すにはドッグに入って主砲を外して作業するしかないでしょう」
そう言って四番砲塔の下部を指さす船務長に新堀は難しい顔をしていた。
「三番砲塔も見事に破壊されて吹き飛んでいるな。こっちはどうすることもできないか」
三番砲塔は天上部の装甲が叩き割られ、破壊されていた。
柄から見れば砲身が片方外れているだけのように見えるが、内部はスクラップと戦死者の破片で酷い有様だった。
「修理に長い時間がかかりますし今更砲の新造ができるとも思いません」
平時ならともかく戦時では手間暇がかかる砲塔の新造など不可能だった。
そうなれば扶桑はしばらくの合間火力が半減したままになってしまう。
「司令長官らはどう考えるかな?」
「兵部省との相談になるのではないかと」
「しかし今の日本に戦艦を新造する余裕もない。とすればまだ扶桑は使うはずだ。なに、本土に戻ればしばらく休暇だ」
その言葉の通りで、横須賀に戻った彼らは凱旋を見にきた人達にえらく傷ついた戦艦扶桑を見せびらかしながらしばしの休暇を与えられた。
そのまま扶桑はすぐに引っ込むようにして横須賀のドライドッグに押し込まれた。
そこはつい一週間前まで長門が整備入りしていたドッグだった。
休暇とは言っても新堀は士官であり、当然接待などがある。その日も久しぶりに顔を合わせることになった成田大佐に呼ばれ料亭に招かれていた。
「まずは断豪作戦の成功おめでとう」
「ありがとうございます。しかし扶桑はだいぶ手痛くやられました」
「仕方がないだろう。新鋭戦艦相手に戦ったのだ。それに当初の作戦目標は達することができたんだ」
そしてオーストラリアが戦争から離脱して、扶桑が内地に戻る合間に同時攻略として侵攻していたフィリピンが陥落していた。
元々補給を絶たれ弾薬はともかく食料や燃料が不足していたフィリピンのアメリカ軍の士気は低く、空と陸からの猛攻に耐えられなかったのだ。
マッカーサー将軍は半年の持久戦を計画していたが、重爆撃機によるマニラ周辺の要塞への空爆が効いたのか、あるいは現地兵の離反が深刻だったのか、彼は名誉ある降伏を決断していた。
「フィリピンも二週間保たずですからね。オーストラリアとフィリピンが無くなった以上米国は中部太平洋を押し切る計画しか取れなくなった。その分こちらは防衛に集中できるというわけだ」
これで日本の周囲はとりあえずは安泰になり、今以上に資源が日本国内に送り込まれていた。
その上に日本の戦略として占領地域をそのまま統治はしていなかった。現地に元からあった独立派勢力をそのままに占領地域を次々と独立させていったのだ。
独立後は彼らに武器などを起きつつ、最低限の兵を残して兵力を移動させていた。
この為日本軍は占領地での兵站の負担を最低限にしていたのだった。
「ところで貴様の扶桑だが、これはまだ内々での話だが今兵部省と艦政が組んで改造計画を出しているようだぞ」
酒が入ってきて顔を赤くした成田大佐は、徐に扶桑についての話題を振った。
「扶桑の改装ですか?確かに完全に修復するには難しい箇所を破壊されましたが……」
扶桑の損害は多岐に渡っていたが、深刻だったのは主砲の破損だった。
扶桑は後部の主砲を破壊されていた。それらを修理するには素人の新堀が見積もっても一年はかかるのではないかと思えていた。
「どうやらその事で早期の戦線復帰を彼らは望んでいるようだ。貴重な戦艦と、空母を作るためのドッグを遊ばせていくわけにはいかないだろうからな」
既にドッグの水が抜かれ整備が始まっている扶桑はどうやら元の姿には戻すつもりはないらしい。
「だとすると主砲の復旧を諦めるのですか?」
そうなったら後部には対空火器でも乗せて防空艦にでもなるのだろうか。などと彼は考えていた。だが成田の答えは予想の斜め上をいっていた。
「どうやら艦政側は後部に格納庫を設けて艦載機を運用させるらしい」
聞けば修理に時間がかかる後部の砲塔をとっぱらいそこに格納庫を設けて水上機を二十機から三十機程度運用する艦にする計画が上がっているらしい。
それを聞いた新堀は怪訝な顔をした。
「航空戦艦?中途半端な艦になりませんかね?」
空母と戦艦の両取りと言えば聞こえがいいが、どう運用するにしても無駄が多く使い勝手が悪いのは明白だった。
「空母の護衛か通商破壊で使うつもりなんだろうな」
おそらく扶桑は戦艦と殴り合う事はできなくなるのではないかと新堀は思った。
火力は半分、そして燃えやすい航空艤装を保有するとなれば純粋な戦艦との戦闘では悪戯に損害が増えてしまう。
だが主力はすでに空母に移行しつつある。その意識改革の一つなのだろうと新堀は無理矢理にでも納得させたのだった。
「しかし航空戦艦か。参ったな。そんなヘンテコな艦どう扱えば良いんだ」
「それは君次第だ。最も、扶桑副長の大石中佐がその分野の研究をしていたはずだ。確か水上機母艦並の航空機を搭載する戦闘艦の戦術だったはずだ」
急に副長の名前が出た事で新堀はこの航空戦艦計画には彼も絡んでいるだと察した。確かに副長は元々空母赤城の艦橋要員にいたはずだった。
「彼がですか?わかりました。では話をしてみます」
こうして扶桑は世界の軍艦の中でも奇抜な姿になっていくのだった。
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