第四十三話 断豪作戦 7

アメリカ軍の攻撃隊の中で艦隊上空にたどり着いた機体は多く見ても三、四機ほどだった。

見張りはそれ以外の敵機を見つけていないし元々飛んできていた攻撃隊も四十機程度と電探は捉えていたからあれが迎撃をすり抜けてきた全機なのだろう。

防空指揮所に上がった新堀は私物の双眼鏡を覗き込んだ。カーキ色の第三種軍服が潮風に吹かれてすぐに不快にベタつき始める。

それを気にしないようにしながら周囲の状況を確認していく。


「外縁の駆逐艦、対空戦闘始めました」

そのゴマ粒のような機体の周囲に黒色の絵の具が垂れたかのように高射砲が炸裂し始めた。

駆逐艦の高射砲が一斉に火を吹いたのだ。

一機の翼から黒煙が上がり、みるみるうちに高度を下げて海面に突っ込んで行った。

だが残りの機体は臆することなく前進してきていた。

「本艦の対空砲も射程に入り次第攻撃開始せよ」

あの敵機が何を目標にするのかは分からないが、少なくとも本艦か空母のどちらかであろう。

艦長としては攻撃筋を出した後は少しの合間することがなくなる。艦隊行動中の対空戦闘は攻撃を回避する時意外にあまり指示は出さない。

そもそも一秒を争う対空戦闘において艦長の指揮が間に合うのは操舵か速度の調整くらいだ。

対空戦闘は各射撃指揮装置の指揮で撃ってくれる方が効率がいいのだ。


「本艦上空に二機接近!」

新堀が見上げると航空機のシルエットがはっきりと見えた。

その機体の周囲にいくつもの対空弾が炸裂し、機銃の曳光弾が飛び交う。

そのうちに曳光弾がいくつか当たったように見えた一機が唐突に火を吹いた。

「対空砲で一機撃墜!」

だがこれ以上は対空砲の防御範囲の内側に入ってしまいそうだった。

新堀は伝声管に向かって指示を出した。

「取り舵10」


「宜候!取り舵10」

戦艦や空母のような大型艦は舵を切っても船体が動くまでに時間がかかる。ましてや30ノット近い速度で前進しているのであればなおさらだった。

扶桑型の場合最大戦速で舵を切っても動き出すまでに50秒ほどかかる。

だから新堀はあらかじめ舵を僅かに切っておくことで転舵する際の勢いづけを始めていたのだ。

「敵機、降下開始!」

真上を見ていた見張り員が報告するのを聴きながらも彼自身もまた双眼鏡で迫ってくる敵機を見ていた。

「取り舵いっぱい!」


「取り舵いっぱい宜候!」


なかなかいい腕をしている。機体をまっすぐ進ませるんじゃ無くて少し蛇行するように動かして対空砲の狙いを狂わせていた。

敵ながら天晴れだ。だが降下に入ってしまったら修正は難しいだろう。


ほとんど時間差もなく船体が左に向かって大きく動き出した扶桑を追求することは降下に入り速度が出てしまっているF4Fには無理だった。

さらに左舷から降下し始めたF4Fからすれば内側に入られてしまうため余計に目標への修正が難しかった。

これが純正な爆撃機のドーントレスによる急降下であればある程度は対応ができたであろうが、戦闘機であるF4Fの緩降下とも言えるような動きでは追従できなかった。


結果的に切り離された爆弾は扶桑を飛び越えて右舷側の離れた海に飛び込んだところで水柱を上げるだけに終わった。


そしてそれが日本艦隊を襲った航空攻撃の最後だった。


上空から敵機がいなくなったのが確認されて、ようやく対空戦闘終了の命令が発令された時には戦闘開始から30分が経過していた。


「報告します。敵残存攻撃隊は引き上げていきました」

防空指揮所から昼戦艦橋に降りた新堀は副長から最終的な報告を受け、主計科長と共に艦の状況を確認し始めた。

その間にも司令部には他の艦の状況も報告が上がってくる。

「各艦は損害の集計、空母は航空機の収容を急げ」



「本艦の損害はなし。対空砲で一機を撃墜した模様」

既に高角砲や機銃の銃身を冷却する作業が行われていたのか艦橋の窓からでも湯気が至る所から登っているのが見えた。

「わかった。兵には申し訳ないが対空警戒のまま待機だ」


空襲があれ一回だけとは限らない。日が沈むまで警戒を緩めることができなかった。



一方司令部では敵機による空襲に対する反撃が練られていた。だが手持ちの空母の艦載機では対艦攻撃に不向きで余計な損害になる恐れがあった。

そんな中博打好きでも知られる山本五十六はふと思い出したかのように悪い笑みを浮かべた。

「周囲に味方潜水艦はいるか?」

参謀達は山本の笑みにまたかと頭を抱えながらも展開している潜水艦の情報を持ってきた。

「現在伊400を旗艦とする潜水戦隊が海域の近くで補給中です」

単独でならもう少し近くにいるが艦隊に攻撃を仕掛けるにしても一隻での攻撃は無謀だった。

「彼らを向かわせる。こちらの会敵予想時刻と位置を伝えよ」

彼らが補給を受けている地点とこのまま夜戦に突入する場合の予想会敵地点を見比べた山本は時間調整を行えば同時攻撃が可能だと判断し決断を下した。

「通信で行いますか?」


「いや、補給中なら潜水母船の近くだ。命令書をすぐに書き起こせ。水上機を使う」

無線暗号は結局のところ傍受による解読が行えてしまう。便利で素早い指示が出せる反面脆弱性もまたアナログに比べて高くなるのだ。


時刻は既に12時になろうとしていた。

決戦の時までに全ての準備が整うかは五分五分だった。

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