第四十二話 断豪作戦 6

艦隊がソロモン諸島諸島を通過しオーストラリア大陸の北西、珊瑚海に突入したところで潜水艦の攻撃はぴたりと止んだ。

敵側が潜水艦狩りに耐えきれなくなったのか、あるいはこの先にいるであろうアメリカの水上打撃部隊に成果を献上させるためなのか。それはわからなかった。


こちらの受けた損害は木曽が不発の魚雷を受けた以外は目立ったものはなかった。

駆逐艦白雪の至近で魚雷が自爆したことによって数名の負傷者と若干の浸水があったくらいだ。


そして一夜明けた黎明から飛ばした偵察機が東側、ニューカレドニア島の方から接近する米艦隊を発見していた。

米艦隊との接触が日が登ってすぐの時間になったため偵察をした零式水偵は緊急発艦したF4Fの追撃を振り切って離脱に成功していた。

「アメリカは空母一隻と戦艦二隻を中心とした艦隊で我々とほぼ互角です」

山本五十六に攻勢の提案をする参謀もいたが、山本含め殆どは慎重だった。

「相手は正規空母一隻。戦力的には互角と言いたいがこちらは実質防空空母だ。まさか戦闘機を爆装させて出すわけにもいくまい」

二隻の軽空母が保有する艦載機には九七艦攻が含まれているが、魚雷調整室を持たず、搭載できるのが爆弾のみ、それも数も少ないとあっては出しても全滅し貴重な搭乗員を失うだけに終わる可能性が高かった。

それに米艦隊だけでなくオーストラリア本土からの航空攻撃にも警戒しなければならない。


だがこの時のオーストラリアは防空用の戦闘機こそハリケーンやスピットファイアなどの機体をなんとか揃えていたが、爆撃機に関しては配備が遅れていた。

さらに洋上を航行する艦艇への攻撃経験がなく、そのための機材も欠いていた。

故にオーストラリアの空軍戦力は日本艦隊を止める術を持っていなかった。


「でしたら日が沈むまでの合間艦隊上空を守る事に徹するしかないですね」


「電探に感、右舷上空数は1!」

扶桑に備え付けられた電探が接近する偵察機を捉えた。

直ちに上空に上がっている零戦に通信が送られて、迎撃に向かって行った。


「流石電探、目視する前から捉えることが出来るとはな」





ハルゼーは悩んでいた。悩みの中心は偵察に出した偵察機が日本艦隊を発見していた事だった。

その距離は艦隊戦を行うには遠いが航空機であれば攻撃圏内という微妙な立ち位置だった。


航空屋である彼にとっては空母による全力攻撃をしたかったが手元にあるコロラドは防空用の空母である。

艦隊を沈めるのに効果的な魚雷を運用する想定がされてなかった。

そのため雷撃機も魚雷調整室もない。

あるのは他の空母に比べれば小さい弾薬庫だった。そこにあるのもドーントレスなどが使う1000ポンド爆弾ではなくF4F戦闘機が搭載可能な250ポンド爆弾が100ポンド爆弾しかなかった。

しかし猛将と呼ばれるだけあってハルゼーは積極的だった。

「これだけじゃ対艦攻撃は難しいか。だが主力艦はダメでも駆逐艦や空母への攻撃なら有効かもしれん」

戦艦ノースカロライナに呼び寄せていた航空参謀もハルゼーの意見に同意した。

「我航空隊は戦闘機でも爆撃の訓練は受けています。駆逐艦相手なら十分です」


「敵の空母の甲板を破壊して航空機を使えなくさせるというのも手段の一つです」


「なら航空攻撃を行う。最低限の直掩機を残して部隊を編成させろ!」


曲がりなりにも空母コロラドは正規空母だった。さらにハルゼーの要望で露天駐機を行いなんとか搭載機数を増やしていたことがここで効いてきた。

爆装したF4Fと護衛のF4Fを合わせた四十機の攻撃隊は1時間で攻撃体制を整えた。

休み間も無くコロラドが艦首を風上に向けて艦載機を飛ばし始めた。

爆装した機体はカタパルトを使いつつも、それ以外の機体は甲板を全力疾走して飛び上がっていく。F4Fであれば爆装していない状態なら甲板を蹴るように飛び上がっていける。それ故にカタパルトで全機を打ち上げるのよりも早くに機体が全て空に上がったのだった。


 全機が同じ機種である事と、技量も高いことから纏まっての進撃になった。ただ、纏まっての進撃は同時に電探にも映りやすいという欠点もあった。

だが米軍は日本軍が電探を運用するなどまだ早いだろうと考えていた。


その結果彼らは艦隊を発見した偵察機よりも遥か手前で扶桑と山城の電探に捉えられ、その数の多さから攻撃隊と判断された。

山本司令長官は即座に上空に待機していた直掩機と残りの零戦を全機あげ日本艦隊のはるか手前で迎撃を行う事にしたのだった。



オーストラリアの海は西海岸よりも綺麗だ。アメリカでこれに近い海はカリブ海だろうか。

空母コロラド所属の第211戦闘機隊第二中隊長のジョナサン・バートリッジは眼下に広がる海を見ながらぼんやりと記憶にある故郷の海と見比べていた。


だがその意識の殆どは周囲の警戒にあてていた。

爆装したF4Fでは機動力が大きく鈍るため普段のような回避行動は出来ない。


F4Fはいい機体だが後ろが見えないのがネックだな。

今まで使っていた機体よりも後部が見えない構造故に彼は機体を少し傾かせて背後を見ようとする。

彼の運が良かったのはそこだっただろう。

隣にいた二中隊の三番機の機体に被弾の火花が散った。

一瞬で翼がへし折れてF4Fが錐揉み状態になって美しい珊瑚海に消えて行った。

「右上空に敵機!」


「太陽を背にしてるぞ!」

既に護衛のF4Fは翼を翻して空戦に移っていた。

だが奇襲を受けたせいで部隊はバラバラになってしまっていた。

「くそ!数が多い!」


「三番機がやられた!」


「畜生!連中の機体は竹と紙で出来てるんじゃないのか!」

装備されていた無線機は完全に使い物にならない状態だった。

全員が好き勝手喋ってしまい小隊や中隊の指示が通らなくなってしまっていたのだ。


既に攻撃部隊の編隊すら維持できなかった。ジョナサンは一瞬だけ迷った後に爆弾を切り離し護衛に加わる事にした。

ここでただ飛んでいても撃墜されるだけだと彼は考えたのだった。


そして彼の行動は正しかった。

上空から被せるようにして飛び込んできた零戦の攻撃を機体を横滑りさせる事で回避させる事に成功したのだった。

そのまま下方に離脱しようとする零戦を追いかけて彼も降下を始めた。

だが彼が出来たのはそこまでだった。

まだ零戦を射程に納める前に機尾に衝撃を受けた。バックミラーを咄嗟に除くとそこにはいつの間にか零戦が迫っていた。

攻撃を受けたのだ。操縦桿の効きが悪くなっていた。

降下している最中に機体が言うことを聞かなくなっていたのだ。おそらくエレベータがやられたのだろうと考えた彼は次の行動を考えるよりも早く機体を捨てる判断を下した。

シートベルトを外し風防を開けると時速400km/hを超える風がコクピットに吹き荒れた。

尾翼に注意しながら飛び出した彼は素早くパラシュートを開いた。高度があまり無かったが早い判断だったため海面に叩きつけられる結果だけは避けられそうだった。


上空で行われている戦闘はいまだに収束する様子はなく、いくつもの黒い筋が戦場の空に広がっていた。

「オーストラリアまで海水浴か」

いやでも気を奮い立たせた彼だったが、彼がオーストラリアまで海水浴をすることはなかった。

もっと短い距離で、駆逐艦に拾われる事になったからだ。無論その駆逐艦には日の丸が掲げられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る