第四十一話 断豪作戦 5
「米海軍のものと思われる通信を傍受!至近です!」
その異変を真っ先に捉えたのは軽巡洋艦木曽の通信室だった。
5000t級軽巡洋艦に属する木曽が就役時から最も大きく変貌を遂げていたのがこの通信室だった。
従来であればそこは四畳半程度のスペースと駆逐戦隊を指揮するための通信設備を筆頭に通信設備が置かれているだけの場所であった。
だが昭和になり電探や逆探知機などが発達し木曽の役割が改められると状況は一変した。
隣接する複数の部屋を一つにし、艦橋上部にアンテナや電探を追加した木曽は対潜護衛を新たな役割とする軽巡洋艦になっていたのだった。
その役割を全うするべくして取り付けられた無線傍受装置が近傍の米潜水艦からの電波を捉えたのだった。
即座に傍受内容は米軍の暗号に照らし合わされるが、その符牒は木曽が戦争が始まってから何度もアメリカから受けていたものだった。
群狼戦術を行うための符牒である。
「潜水艦だな。全艦対潜戦闘用意!本艦と駆逐艦吹雪、白雪で対潜攻撃を行う!無線を発信した潜水艦は僚艦に任せる」
その符牒が発せられた場合付近に米潜水艦が複数待ち構えていることを意味する。
それがわかっているのならその潜水艦を艦隊のはるか手前で直接撃滅すればいい。それが日本海軍が編み出した群狼戦術に対抗するための戦術だった。
艦隊の前方の位置していた木曽と駆逐艦二隻が先行しつつ木曽自身はカタパルトから零式水上偵察機を発艦させた。
すでに周囲は日が落ちて闇が迫っていたが、航空機があるのとないのとでは潜水艦の発見に大きな違いがあった。
「両舷微速、速度落とせ」
攻撃の指揮を行う潜水艦は必ず艦隊が誘い込まれるのを確認するために潜望鏡をあげている。
無線アンテナだけを海面にあげて攻撃指示を待っている他の艦より見つけやすい存在だった。
「水偵より入電!潜望鏡視と思わしき航跡!既に潜水艦は潜航した模様」
暗闇が迫る時間は敵味方双方の視認性が落ちる。水偵が近づいているのに気づくのが遅れたためか通信をする事なく潜水艦は潜望鏡深度に潜らざる追えなかった。
「通信室はなんの傍受もしていません。通信を行う余裕は無かったようです」
「そいつを狙う。白雪と吹雪で対応せよ。本艦はこのまま他の潜水艦を探す」
群狼戦術は捉えた捕虜の情報などから四隻から十二隻で行われることがわかっている。
これはアメリカの潜水艦戦隊が四隻でグループを組んでいる事と一度に投入できる潜水艦の数の上での限界だった。
木曽自身は速度をさらに下げ、潜水艦を探す行動に移った。
程なくして木曽の聴音員が潜水艦の推進音を捉えた。
「方位0-5-0、距離不明」
「見張り員より報告、推進音のあった方向に無線アンテナらしきものあり!」
潜望鏡よりも細いアンテナは見つけづらいが、方向さえ大まかにわかっていれば木曽の熟練兵なら見つけるのは容易かった。
そのアンテナはすぐに海面に隠れて見えなくなった。
「攻撃に移る、対潜弾投射機用意!」
対潜弾投射機は対潜能力向上のために開発され米軍との海戦までに開発が完了した新兵器だった。
全く同じ構造の兵器としてイギリスがヘッジホッグを開発していたが、この両者は偶然同じ構造、同じ目的の兵器として生み出されたものであり関連性はない。
木曽の艦橋手前に設けられた張り出しに搭載されたその兵器は、一見して見れば陸軍が使用する迫撃砲をやや大きくしたような筒を十本円筒に並べたものに見えた。それが一つの機械に二つ横並びにして搭載されたものだった。
本体左右に設けられたハンドルを操作員が動かすと、それ自体が仰角をつけ旋回し始めた。
「艦橋より、距離400!方位0-5-2!発射用意!」
備え付けられた伝声管から送られてきた情報を班長が操作員に伝えていく。ものの数秒で向きを変えた投射機が艦橋からの発射命令を今か今かと待っていた。
「撃て!」
発射命令と操作員が引き金を引くのは同時だった。
時間差をつけて二十個の小型爆雷が空中に向けて放たれ、海水に飛び込んだ。
程なくして水面に普通の爆雷よりも小さな水柱がいくつも上がった。
小型の爆雷は接触信管を採用しているから爆発したということは命中したことの証だった。
「起爆を確認!命中です!」
戦果確認をする主計科長が握り拳をあげていた。
「聴音員より船体の圧壊音が確認できたとのことです」
一個一個の爆発が小さいため水中聴音を切らなくともボリュームを落とすだけで済むというのも利点だった。
水中の音を素早く聞き取れるため対潜捜索の再開が早くなりその分潜水艦を見つけられる可能性が高くなるのだ。
「吹雪より発光信号、敵潜、撃沈セリ」
「まだ気を緩めるな。少なくとも後五隻はいると思え」
二隻を撃沈させた木曽だったが、まだ周囲に潜水艦がいるのは確実だった。
その証拠に見張り員が魚雷の報告をあげてきた。
「右舷より突発音!同時に雷跡複数接近!」
僚艦を沈められた潜水艦が反撃に打って出たのだ。
「機関最大!面舵いっぱい!」
すぐさま木曽を魚雷に向けて正対させる指示を出した艦長だったが、木曽の速力が上がり切る前に魚雷が船体中央部に吸い込まれていった。
「衝撃に備え!」
当たる。誰もが船体が吹き飛ぶ恐怖に身を強張らせていた。
魚雷が船体に命中する金属の音と鉄がひしゃげる音がした。
だが激しい衝撃も船体が引きちぎれることもなく木曽は面舵を続けていた。
数秒が経っても襲ってこない衝撃に艦長は決断を下した。
「ただいまの魚雷、不発なり。直ちに潜水艦狩りを再開せよ」
運良く木曽を襲った魚雷は不発だった。
だがその幸運にかまけている場合ではなかった。潜水艦狩りはまだ始まったばかりなのだ。
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